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2009年10月の記事一覧

週末日記 2009年10月31日  

2009年10月31日(

10月最後のお休みは祝園駅の工事の進捗状況確認と大津の上栄町で京阪京津線の編成写真ゲットをしてきました。

祝園駅は上り線の工事が一旦終わって、下りホームの基礎工事が着手されていました。

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木津からJR奈良線に乗り換えて六地蔵へ。
JR六地蔵駅への下車は京都市営地下鉄東西線が延伸された2004年以来。

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六地蔵から京都市営地下鉄と京阪京津線を乗り継いで上栄町へ。

大津市内の併用軌道区間が近くにある上栄町4号踏切から始まるのですが、京都市役所・太秦天神川行きが良い感じで捉えそうと思ったからです。

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結果はご覧の通り。
本当ならもうちょっと明るい時間帯が良いかもしれません。

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撮影後は梅田に寄って買い物をしてから帰宅しました。
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category: 日記

tag: JR西日本  輸送力増強工事  学研都市線  京阪電気鉄道  京阪京津線 
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2009年8月15日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅31 大船渡線  

気仙沼駅は気仙沼線と大船渡線の分岐駅で、市街地の中心部に位置する南気仙沼と違い、少し内陸に位置する同駅は気仙沼市市役所などの行政関係の施設が周辺に点在しています。

気仙沼駅が市街地の外れに位置しているのは、同駅が先の開業した大船渡線の駅で(1929年開業)、南気仙沼駅はそれより後の1957年に開業した駅であるからです。

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駅前はロータリーが整備されていますが、バス停が整備されていないため、気仙沼駅前に停車する路線バスはロータリー内に乗り入れず道路上に停留所で客扱いします。

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2面3線と側線という配線で、構内には大船渡線営業所が併設されています。

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大船渡線は一ノ関~気仙沼~盛(さかり)の105.7kmの路線ですが、行程の都合から今回は西半分の気仙沼~一ノ関だけ乗車としました。

ここで乗ったキハ100形気動車はトップナンバーキハ100-1で、パイプを並たスカートが特徴です。

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各ボックスに1人~2人ほどの乗車率で気仙沼を出発。

北上山地を横断する大船渡線は細く続く平地に沿って進みます。
基本的には水田の中を進む形で、駅周辺に集落が点在する形になっている感じです。

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千廐~陸前門崎はその線形から我田引鉄と揶揄される区間で、並走する284号線が直進ルートをとっているのに対し、大船渡線は千厩から一度北上して摺沢を経由する大回りルートとなっています。

途中から爆睡モードに突入。
陸中門崎の手前で気がつくと各ボックスは全て埋まり、立ち客まで居る状態でした。

どうやら途中からの乗り込みによるようです。

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一ノ関に到着、大船渡線は気仙沼~盛を残して次の機会に。
これで4日目の乗りつぶし予定は終了し、一ノ関から仙台へ向かいます。

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一ノ関から100分で仙台に到着。

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当日の宿であるリッチモンドホテル仙台へ向かい、最終日となる5日目を迎えることになります。

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→次に続く。

category: 東北地方遠征

tag: JR東日本 
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2009年8月15日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅30 気仙沼線  

午後からは気仙沼線と大船渡線の乗りつぶしに充てます。

乗りつぶしは気仙沼線が先になるので小牛田へ移動します。
まず、八戸からは臨時のはやて80号に乗って盛岡へ向かいます。

定期列車でないことから、誤乗防止のための案内板がデカデカと掲示されています。

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指定は7月遠征の時に登戸で押えたのですが、盛岡までなので結局のところ当日でも余裕でした。

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盛岡に到着。

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後から入線するこまち号が後に連結されます。

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盛岡からやまびこ56号に乗り換えて一ノ関へ移動します。

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途中の新花巻・北上・水沢江刺での乗り込みで3割ほどの乗車率となりました。

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一ノ関からは東北本線下り列車に乗換え。
短い2両編成で満々と混んだ車内に揺られての移動ですが、小牛田で4両繋いで6両編成となったのは言うまでもありません。


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小牛田から1時間ほど間をおいて気仙沼行きに乗換えです。

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女川へ行った時と同じキハ48形。

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気仙沼線は石巻線・前谷地から分岐し登米(とめ)市域を横断します。

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北上川を渡ると柳津を過ぎると北上山地の南部を越えていきます。

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弥勒山をトンネルでくぐり抜けて陸前戸倉を過ぎると三陸海岸に沿って北上します。

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この辺りからはリアス式海岸の根本に広がる市街地などに駅が位置する形が多く見られます。

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利用状況的にはガラガラとまでは行かないものの前谷地から先は各ボックスに一人いるか居ないかの状態が続きますが、行き違った快速「南三陸」は立ち客で満々と混んで居る状態。
ただし、18きっぷ利用者を差し引くと半分ぐらいなのでしょうか?

気仙沼の市街地に近づくと帰宅する学生の乗り込みが目立ちます。
南気仙沼は気仙沼市の中心部に近いため降車が目立ち、車内は一気に寂しくなります。

気仙沼市の市街地を大きく回り込み、やがて大船渡線が合流してくると気仙沼に到着です。

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気仙沼線の乗車は完了。

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お次は大船渡線の乗りつぶしです。

→次に続く。

category: 東北地方遠征

tag: JR東日本 
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2009年8月15日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅29 八戸根城・その3  

続いて主殿の周辺を見てきます。

来客用馬屋として使用される中馬屋。

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夜間馬を繋いでおく下馬屋。
現在は建物のは白の位置を示すものがモニュメントとして並べられていますが、この下馬屋は倉庫も兼ねていました。

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見張り台としての物見があった場所。

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裏門的な位置付けである西門跡。

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工房。
武器や鎧を製作・修理する場所で、内部はその様子を再現しています。

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常御殿跡。
当主の居住区であり、執務などが行われて場所です。

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野鍛冶場。
壊れた鉄鍋や古銭などを溶かす場所で、そのための炉が置かれています。

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鍛冶工房。
野鍛冶場から持ち込まれた金属類を鎧や刀の部品に加工するための場所だったようです。

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奥御殿跡。
当主の家族の居住区です。

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板倉。
当主やその家族が使用する道具や衣類などが収納されていたものと言われています。

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これで根城観覧は終了。

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このあと、午後の乗りつぶしに向けて八戸駅へ向かいました。

→次に続く。

category: 東北地方遠征

tag: 日本100名城  八戸根城 
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2009年8月15日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅28 八戸根城・その2  

根城の本丸へ入ります。

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空堀に架かる木橋。

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本丸の入口である東門。

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本丸に入ってすぐ右手に案内所があり、博物館で購入した共通観覧券を提示します。
無い場合はここで購入することが出来ます。

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根城本丸の上空写真と復元予想図。
中世に築かれた根城は、戦国時代以降の近世で見られる天守や櫓などが見られず、寝殿造の平屋が主だったのが窺えます。

現在の根城跡は1978年から発掘調査が行われた結果などを基に、1994年に史跡・根城広場として整備されたのですが、本丸にある主殿や納屋などはその時復元されています。

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穀物などを収める納屋。

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来客の接見や儀式を行う時に使用される主殿。

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主殿入口付近にある上馬屋。

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主殿内部。

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次は主殿周辺を見てきます。

→次に続く。

category: 東北地方遠征

tag: 日本100名城  八戸根城 
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2009年8月15日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅27 八戸根城・その1  

八戸で遠征4日目を迎えました。

この日は日本100名城の1つである八戸根城(以下、根城)への来訪からスタートします。

根城は八戸市の中心街と八戸駅との中間点にある河岸段丘に位置していることから、バスを利用します。
八戸を中心とする路線バスは南部バスと八戸市営バスの2社局が担っていて、一部路線は共同運行となっています。

中心街から10分ほどの場所にある停留所は根城停留所。
根城跡は八戸市博物館が併設されているため「博物館前」の併記がなされています。

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八戸駅方面のバス停から西へ歩いてすぐの場所に八戸市博物館があります。
ホテルをチェックアウトしてすぐバスに乗っているため、大きな鞄を抱えたままであることから、博物館の受付で観覧券購入と同時に鞄を預けてもらいました。

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博物館は八戸に纏わる考古・歴史・民俗・無形資料を4ブロックで紹介されています。

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博物館前にある南部師行像。

根城は1300年代前半の南北朝時代に陸奥国の国司代として南部師行により築城された城で、城の名称は南朝方の根本となることから由来しています。

根城の南部氏は宗家ではなく支族でしたが、現在の宗家に当たる三戸南部氏の子孫には靖国神社の9代目宮司になった方がいたそうです(ただし在職中に病死されています)

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博物館の西側が根城跡を整備した「史跡 根城の広場」があります。

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正門として使われている木造の門は根城が廃城した後の江戸時代に築城された八戸城の東門を移設したもの。

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側らには築城当時の根城の配置図などが掲示されています。

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根城の曲輪は馬淵川南岸の河岸段丘を利用したもので、防御設備として堀や土塁が構築されていました。
根城広場として整備されたたのは東善寺館・中館・本丸の3区画で、東善寺館・中館は建物はありませんが、本丸には御主殿などの建物が一部復元されています。

まずは東善寺館跡。

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東善寺館跡と無名曲輪の間にある堀

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無名曲輪。

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無名曲輪と中館跡の間にある堀跡

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中館跡。

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続いて奥にある本丸へ足を進めます。

→次に続く。

category: 東北地方遠征

tag: 日本100名城  八戸根城 
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週末日記 2009年10月25日  

2009年10月25日(

25日は水間鉄道の編成写真撮影と南海本線の高石市内連立事業見聞をしてきました。

先に水間鉄道の方へ行くため南海難波駅へ向かったところ、ロケット広場であった場所がすっかりリニューアルされて、それまでゴチャゴチャとした印象だったのがスッキリした印象に変っていました。

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数年ぶりに来訪した貝塚駅で見たのはバスで使用されているICカード対応の運賃箱があり自動改札機が消滅していました。

水間鉄道ではスルッとKANSAI加入により2009年6月1日からPiTaPaが導入されたのですが、他の鉄道事業者のようにコストの掛る自動改札機ではなく、バス事業者が導入している機器でICカード対応がなされています。

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車両は東急から譲渡された7000系にATS関連機器の整備と車体更新が施工されてもので、同時に改番されて1000系と称していました。

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貝塚から三ヶ山口(みけやまぐち)まで乗車し、三ヶ山口から水間までは歩いていきました。

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両駅間はお互いが見えるほど短く、あっという間に到着しました。

水間駅はPiTaPa導入と同じ時期に水間観音駅に改称されていて、こちらも以前は南海からのお下がりである自動改札機が設置されていたのですが、バス用のICカード対応機器に置換えられていました。

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ここから乗車した車両は貝塚から乗った先頭車化改造の非貫通車ではなくオリジナルの先頭車。
1000系になってからは編成ごとに帯が違うようです。

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人気があまりないので、車内の撮影。

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両端の貝塚と水間観音の以外は無人駅(一部の駅は朝ラッシュ時に係員が配置される)なので、第2ドア(車両の中央部)と運転室後部にICカード対応機器が設けられていて、乗車用となる前者には整理券発行機が併設されていました。

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線内で唯一列車交換が出来る名越で降車。
配線を確認するためです。

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名越から清児まで徒歩で。
清児駅付近は古くからある市街地であるため、脇道に逸れると狭い路地が入り組んでいます。

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清児駅付近の写真ですが、意外と編成写真が撮れそうな感じです。

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水間観音行きは下車する人が上の写真手前側にある踏切に向かってくるので、すんなり撮影するためには午後の貝塚行きを捉えた方が良いかもしれません。

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貝塚へ戻って南海本線の高石市内連立事業の見聞をしてきました。
高石駅は上り仮線が出来上がっているようで、後は案内掲示類の整備だけとなっています。

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羽衣駅も同じような感じですが、難波方の踏切にある掲示によると今年11月下旬に上り線が仮線に切り替わるとのことです。

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このあとは汐見橋経由で帰宅しました。

category: 日記

tag: 南海電気鉄道  連続立体交差事業  南海本線  水間鉄道 
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2009年8月14日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅26 青森の暇つぶしと本八戸へ  

八甲田丸を出て青森駅周辺を撮影してきました。

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まずは青森港旅客船ターミナルビル。

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八甲田丸で実際に使用されていたスクリュー・プロペラ。

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その背後にあるのはキハ28形を使用した列車休憩所ですが、老朽化が激しいため痛々しい姿をさらしています。

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列車休憩所から突端寄りに静態保存されている車掌車ヨ3500形と控車ヒ600形。

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青森駅構内の末端は引き上げ線となっていて、車止めの向こう側は防波堤が続いていました。

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序でなので、青森ベイブリッジへ。

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ここは歩道があるので、上から青森駅構内を見渡すことが出来ます。

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青森駅の予定はこれで終了。
つがる98号に乗り換えて八戸へ移動します。

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この時間帯だと八戸乗換えは仙台行き最終なので、車内はガラガラ。

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八戸から八戸線に乗り換えて本八戸へ向かうのですが、これは宿泊先は八戸市街地の中心にあり、市街地の西端に位置する八戸駅からだと徒歩での移動は負担が大きすぎるためバスか本八戸からの徒歩となり、来訪時間帯ではバスの運行が終了していることから八戸線となったわけです。

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車内はガラガラですが、これは発車30分前のこと。
東北新幹線からの乗換えなどであっという間に座席が埋まってしまいました。

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本八戸に到着。
八戸市の中心部に位置する駅で、八戸から2つ目の駅です。

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本八戸駅から歩いて10分ほどで3日目の宿泊先に到着。
当日の宿泊先はダイワロイネットホテル八戸。

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これで、3日目は終了。
次回は4日目のレポとなります。

→次に続く。

category: 東北地方遠征

tag: 青森駅  JR東日本 
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2009年8月14日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅25 青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸・その2  

4階の航海甲板からエレベータで1階の車両甲板へ下りていきます。

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1階の車両甲板は貨物列車などの貨車などを収容するためのフロアで、現在は車両の静態保存のためのスペースとなっています。

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甲板の隅の方には実際に使用された道具や部品など展示されています。
写真の船首側は車止めが設けられています。

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右舷側から撮影したもの、海の上にある特有の揺れがあるため独特の雰囲気です。

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ここに展示されている車両はキハ82形や控車など9両が展示されています。

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船尾側には車両搬入口があり、船体にあわせて軌道が集約されて行くのが分ります。

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細い階段を下りて地下1階の第2甲板へ。
ここは総括制御室があり電力を供給するディーゼル発電機などもここに配置されています。

まずは動力用エンジン。
八甲田丸には8機用意されています。

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総括制御室。

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発電機が置かれている部屋。

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発電機はメインが3機、サブが1機、主軸駆動発電機が1機の他に補助電源があるそうです。

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これで八甲田丸の見学は終了です。

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→次に続く。

category: 東北地方遠征

tag: 青函連絡船  八甲田丸 
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2009年8月14日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅24 青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸・その1  

五能線を乗りつぶした後は青森へ移動しました。

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予定よりも五能線の乗りつぶしが早く終わったため、八戸への移動とホテルのチェックインの都合から余った時間を青森駅近くの八甲田丸見学に充てることにしました。

現在は青函連絡船メモリアルシップとして展示されている八甲田丸はかつて桟橋のあった場所に係留されています。

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桟橋は車両搬入のための設備が一部残されている程度ですが、当時を偲ぶものとしては十分だと思われます。

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乗船口は中央にある階段から。

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内部は3階遊歩甲板は青函連絡船に纏わる概略や展示物があり、4階の航海甲板は操舵室(ブリッジ)・無線室などが見学出来ます。
一部は柵やガラスで仕切られるなどして立ち入ることが出来ません。

操舵室。

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無線室。

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操舵室から外に出ることも出来るそうですが、今回はパスします。

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さて、エレベーターで1階へ下りて車両甲板などを見てきます。

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→次に続く。

category: 東北地方遠征

tag: 青函連絡船  八甲田丸 
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2009年8月14日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅23 リゾートしらかみ号で行く五能線・その2  

千畳敷駅に到着しました。

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ここで10分ほどの停車時間が設けられていることから、日本海に面した景勝地・深浦千畳敷を見に行くことにしました。

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国道101号線を横断すると目の前が千畳敷ですが、国道の通行量が多いので横断時は要注意です。

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民宿を挟んで海岸側が千畳敷。

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まずは千畳敷駅側から見たものを。
入口側らには千畳敷海岸隆起200周年記念の石碑があります。

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海岸奥側から日本海側を撮影。

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もう少し足を進めて。

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さらに海側へ。

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ここから陸地側を撮影。
ここで発車3分前の警笛がリゾートしらかみ3号から発せられ、慌てて戻っていきました。

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再び乗車して五能線を北上。
鰺ヶ沢から内陸側にはいるため東へ向きが変り、田園地帯を進んでいきます。

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川部で進行方向が変ると数分で弘前に到着。

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最後に欅編成をもう一度撮影。

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五能線も乗りつぶし完了。
このあと弘前から青森へ移動します。

→次に続く

category: 東北地方遠征

tag: JR東日本  リゾートしらかみ  五能線  深浦千畳敷 
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2009年8月14日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅22 リゾートしらかみ号で行く五能線・その1  

東能代からリゾートしらかみ3号に乗車。

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今回は欅(ぶな)編成。

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各座席に用意されている五能線のパンフレット。

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東能代を出発し奥羽本線と分かれます。

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次の能代で数分間停車。

能代駅は能代地方の中心地にあるものの、奥羽本線が建設当時の反対運動によって市街地から外れたため、後年市街地を結ぶ支線を建設したときに設置された駅で、五能線で設定されている列車の半数が東能代~能代の区間列車なのだそうです。
市街地の中心部に本線格の駅が無く支線格の駅があるのは、上記の反対運動によるところが大きく開業後の利便性が認識されたことによる結果とも言えます。

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能代を出発すると東能代で買っておいた弁当を広げて昼食タイムとします。
今回は鶏めし。

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八森までは平野部を進みますが、滝ノ間付近から白神山地が迫り日本海に面した場所を延々と進みます。
この間、複数のトンネルがある区間は車内の天井が下の写真のようになります。

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この区間で見かける岩礁などは一般的に見られる黒っぽいものではなく茶色っぽいものが多く見られます。

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東能代乗車時は半分ほど埋まっていた座席はあきた白神や十二湖からの乗り込みで埋まってしまいました。
東能代から2時間が経過して千畳敷に到着。

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10分ほどの停車時間の間に景勝地である深浦千畳敷を見てきます。

→次に続く。

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2009年8月14日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅21 東能代へ  

久保田城の次は五能線を乗りつぶしてきます。

五能線の乗りつぶしはリゾートしらかみ3号としたのですが、購入時に利用した指定券券売機での指定が上手く行かず「東能代~五能線~弘前」になったため、秋田から東能代まで移動が1時間繰り上げになってしまいました・・・。

久保田城の観覧を終えて10:14発の大館行きに乗って東能代へ移動します。
利用的には少ないかなと思われる時間帯なのでしたが、座席は埋まる程度の利用で大半は地元の利用者のようでした。

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1時間弱で東能代に到着。

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東能代は五能線の分岐駅で、2面3線ののりばと東能代運輸区があり夜間滞泊のための側線を多数抱えています。

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平屋建ての駅舎前にはロータリーがありその中央部は駐車場となっています。

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東能代からはリゾートしらかみ3号に乗り換えるのですが、同駅が列車別改札であるのと1時間ほど待ちとなるため駅舎側の待合所で過ごします。

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11:50頃に改札が開始され1時間前に降立ったホームに戻っていきます。
五能線のりばがある島式ホームにはリゾートしらかみ号の前面を模した待合所があります。

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12:05頃にリゾートしらかみ3号が入線。
これに乗って五能線を走破します。

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→次に続く。

category: 東北地方遠征

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週末日記 2009年10月18日  

2009年10月18日(

仙石線で使用されている103系が今月21日を持って引退することから、本来なら運用にな入れない土日である17日・18日にもあおば通~石巻に1往復充てられることから、18日は午前中を仙台で103系の編成写真ゲット、午後を東京で常磐緩行線の編成写真ゲットと京成日暮里駅の工事見聞などに充てることにしました。

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9時過ぎにホテルをチェックアウトして仙台駅で鞄を預けて、まずは長町でお試し程度に編成写真ゲット。

仙石線での撮影の都合からE721系500番台1本だけでしたが、まあまあと言ったところ。
この場所で編成全体が順光になるのは、午後の上り列車ですね。

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仙台は戻って仙石線に乗り換え。
すでに撮影隊が地上区間にチラホラと準備をしていました。

私は小鶴新田を選択。
東京へ向かうはやて12号に乗るためには撮影後に短時間で戻る必要から仙台市内で撮影しやすい小鶴新田付近としたからです。

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当日は205系の運用を一部差し替える形であるため、車両基地から送り込みが11時前にあることからホームの両端には撮影隊が陣取っており、駅付近で適当な場所で撮影することに。
送り込みは編成全体を捉えるには逆光でしたが、石巻行きは後追いが順光になるため割と楽でした。

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103系の編成写真を捉えた後は仙台へ戻って鞄を回収し、はやて12号に乗り換えて東京へ。
2列席は埋まってしまってましたが、3列席は比較的空いていてA席を確保できました。

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東京に到着し、午後からは常磐緩行線の編成写真ゲットなどを進めることにしましたが、その前に東京メトロで未乗区間である千代田線の北綾瀬支線に乗車。

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この区間には6000系1次試作車か5000系アルミ車のどちらかが専用車両として充てられているのですが、今回は5000系アルミ車。

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北綾瀬支線を往復した後は常磐緩行線の編成写真ゲットの予定ですが、その前に小田急4000形(2代目)折り返し待ちをしていたため、出発して行くところを捉えました。
これを間近で捉えてないんです。

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綾瀬から撮影ポイント探しに常磐線内をあれこれ遅行錯誤した結果、北小金にしました。
撮影を進めていたところ、最新鋭のE233系2000番台に遭遇。
今後は203系と207系900番台を置換える形で増備されるのですが、まだ1本しかない現状では偶然の産物であり、まさにマジック発動と言う感じです。

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北小金での撮影後は松戸乗換えで日暮里へ。

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ここで行われている京成日暮里駅の改良工事は下り線が高架に切り替えられたとのことで見てきま
したが、スカイライナーと一般列車とのホーム分離は京成の失策ではないかという印象を受けます。

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日暮里から京成上野へ移動したところ、リバイバルカラーの3200形に遭遇。
ほかに2種類あるもののとりあえず1つは確保できました。

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これでこの日の予定は終了。
のぞみ253号に乗って帰阪しました。

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category: 日記

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週末日記 2009年10月17日  

2009年10月17日(

JR東日本の新潟新幹線車両センターにおいて最新鋭のE5系を含めた車両展示イベントが17日に行われることから、この日は新潟へ出向いてきました。

現地へのアクセスは急行きたぐに。
新大阪を出たあたりで爆睡し、気が付くと直江津に到着するところでした。

イベント会場へ行く前に新発田城を先に巡る事にしたことから、新潟から快速べにばな号に乗って新発田へ向かいました。

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新発田城は新発田駅から徒歩20分ほどの場所にあって、現在は二の丸の一部と本丸の一部が城址公園として整備されていますが、実質天守の位置づけである三階櫓は陸上自衛隊の敷地内にあるため入れず、旧二の丸隅櫓・辰巳櫓と本丸表門の内部だけ入りました。

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次いでなので、旧新発田藩の庭園であった清水園と足軽長屋・武家屋敷へ足を伸ばしました。

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新発田からイベント会場への最寄である白新線大形駅へ移動しましたが、肝心のイベント会場へ行くのが少々遠かったです・・・。

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車両展示会場は車両センター入口から検査ピットを通り過ぎた発着線にあり、さらに歩かされることになりました。

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お目当てのE5系は一番手前にあり、先端が長い車体を斜めから横から拝んできました。

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新潟へ戻って遅めの昼食をはさみ、いなほ7号で坂町へ。

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坂町でのターゲットはキハE120系だったのですが、待っていたのはキハ110形・・・。

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小国でキハE120系に遭遇できたのですが、米沢方につながれていたため撮られることが出来ず諦めていたのですが、米沢で側線で留置されているのを発見しここで捉えることが出来たのですが、出来れば営業列車で捉えたいものです。

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米沢からは奥羽本線・仙石線を乗り継いで仙台入りしこの日は終了です。

category: 日記

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2009年8月14日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅20 久保田城・その3  

さて、新兵具隅櫓(御隅櫓)へ入ります。

新兵具隅櫓は1989年に再建された鉄筋コンクリート造りで、内部は久保田城や久保田藩の歴史が紹介・展示されています。

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最上階からは秋田市街地を一望でき、遠くは日本海を見渡すことが出来ます。

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新兵具隅櫓を見た跡は周辺の土塁に沿って茶屋などを見てきます。

久保田城は石垣があまり無く、築城時の土台となっている神明山の地形を利用して土塁で構築されているのが特徴です。

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茶屋「宣庵」
これは元からあったものではなく、1953年に秋田市建都350周年を記念して立てられたものです。

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本丸南西隅の御出書院櫓跡の櫓台周辺。

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佐竹史料館。
ここには歴代の久保田藩の藩主を勤めた佐竹氏に纏わる資料などが展示されています。

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これで久保田城観覧は終了。
午後からは五能線に乗るため秋田駅へ戻ります。

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→次に続く。

category: 東北地方遠征

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2009年8月14日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅19 久保田城・その2  

久保田城本丸へと進みます。

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佐竹義堯(よしたか)銅像
版籍奉還後は秋田藩知事となった久保田藩最後の藩主の銅像で本丸の中心部に建てられています。

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狸門跡。

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土塁上にある櫓跡。

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帯曲輪の土塁。

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帯曲輪門跡。

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帯曲輪門跡から見た本丸跡。

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写真にある木は植樹祭で植えられたもの。

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→次に続く。

category: 東北地方遠征

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2009年8月14日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅18 久保田城・その1  

2日目の宿はリッチモンドホテル秋田駅前です。

今遠征の宿泊先はリッチモンドホテル系とダイワロイネット系で固めたのですが、要するに会員カードを持っているからと言う理由以外に快適に過ごすと言う個人的欲求があるためですが・・・。

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明けて3日目は久保田城へ。
遠征3日目で巡る城はこの久保田城だけですが、このあと五能線を乗りつぶすのに利用する「リゾートしらかみ3号」に乗る都合があるため、予定より1時間早めにホテルをチェックアウトして出向きました。

秋田駅から徒歩圏内にある久保田城は千秋公園として整備されています。
現存する堀は大手門の堀と穴門の堀など4つほどあります。

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そのうち大手門の堀は蓮が生育地となっています。

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大手門・穴門の両堀に挟まれる中土橋門跡を城内へと進みます。

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中土橋門から三の丸跡を進みますが、両側には秋田市立中央図書館明徳館や秋田県民会館などが立てられています。

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三の丸を突っ切って正面の坂道を登ると、まず見えてくるのは松下門跡で、ここから二の丸に入ります。

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二の丸跡。
現状は広場のようになっていて、写真左手に売店が、同じく右手に佐竹史料館があります。

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長坂門跡。
二の丸大手門なのですが、長い石段であることが門の名称になっています。

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本丸表門。
一の門で、櫓門形式となっています。

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表門の側らには御物頭御番所がありますが、久保田城のように番所が現存されているのは珍しいそうです。

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続いて本丸と新兵具御隅櫓に進みます。

→次に続く。

category: 東北地方遠征

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2009年8月13日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅17 秋田へ  

霞城公園で最後に観覧したのは最上義光歴史館です。
こちらは最上義光や山形城に纏わるものが展示されています。

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山形での予定はこれで終了したことから鞄を回収して山形駅へ戻ると、丁度良いタイミングでE3系2000番台が入線していました。
現行のつばさ号の主力として使用されている400系が置き換えの時期に達することから、それに替わる車両として導入されたのがこの車両ですが、大阪からだと捉えにくいことから、編成写真として撮れたのは一安心と言ったところです。

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山形から新庄までは701系5000番台に乗車。

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この車両は奥羽本線の標準軌区間が山形新幹線の延長に伴い新庄まで拡大された時に造られた車両で、当時のJR東日本では交流電車の標準車両であった701系をベースに足回りを標準軌仕様に変更されたものです。

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新庄からは秋田まで701系の基本番台に乗換え。

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ここで乗った車両がたまたまセミクロスへの試験改造車で、ボックスシートが千鳥配置になっているのが特徴ですが、秋田地区の701系では田沢湖線向けの5500番台を除いて3本程度がセミクロスとなった以外はロングシートのままとなっています。

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秋田に到着後ホテルへ向かいましたが、比較的最近開業したホテルであったため、携帯のEZNAVIでは反映されておらず数分ほど右往左往しました。

何とかホテルにたどり着き2日目は終了し3日目に備えます。

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週末日記 2009年10月12日  

2009年10月12日(

遠征2日目である12日は午前中を甲府城、午後を躑躅ヶ崎館(武田氏館)の2箇所を巡る事にしました。

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先ずは甲府城。

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鶴舞城という別名を持つ甲府城は武田氏が築城した城ではなく、武田氏滅亡後に築城されたもので、明治時代に廃城されたあとは鶴舞城公園として整備されています。

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城域の一部は都市整備や中央本線の建設により無くなり、公園として残されているのは二の丸の一部と鍛冶曲輪・数奇屋曲輪・稲荷曲輪・天守曲輪・本丸で、復元された稲荷櫓や各城門・城壁などを除いて石垣のみとなっています。

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中央本線を挟んだ北側には清水曲輪にあった山手御門が近年復元され、櫓門内部も公開されていました。

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甲府城に続いて現在は武田神社の敷地となっている躑躅ヶ崎館(武田氏館)へ。

甲府駅北口から武田通りを北上した終端に位置するこの場所へは甲府交通の路線バスからも行くことが出来るのですが、土休日のデータイムは1時間に1本しかなく、運悪く逃げられたあとだったらしくやむを得ず25分ほど歩いていきました・・・。

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表向きの出立は神社なのですが、よく見ると空堀・水堀などの防御設備あるあたりはその成り立ちが見えてきます。

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バスに乗る関係上、躑躅ヶ崎館は30分程度済ませて、甲府駅へ戻ると昼食を挟んで、現地での予定はここで終了。

帰りは身延線経由としましたが、甲府からは313系2500番台。
3両編成のこれに3時間ほど揺られましたが、富士宮辺りまでは40p程度の利用で、富士まで60p~80p程度と言ったところです。

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富士から東海道線に乗って静岡へ向かい、静岡からひかり481号に乗り換えて帰阪しました。

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category: 日記

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週末日記 2009年10月11日  

2009年10月11日(

この週末は城廻の旅に出てきました。
初日である11日は伊那の高遠城へ。

高遠城の最寄り駅は飯田線伊那市駅。

当日は早朝出発で新大阪からのぞみ100号に乗って名古屋へ。

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名古屋からしなの3号に乗り換え塩尻へ。
しなの3号に乗るのは今回で3回目ですが、過去3回の中で最も空いている感じでした。
(10両編成ということもあるのでしょうけど・・・)

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塩尻から岡谷経由で伊那市へ。

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伊那市からJRバス関東高遠線に乗り換え。
JRグループのバスに乗るのは襟裳岬へ言ったとき以来。

伊那市街地から東へ10km離れた場所にある高遠市街地にある高遠駅(バス駅)で降車。

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ここから高遠城へ向かいますが、川を挟む形にある城跡は大手門跡まで急な上り道が・・・。
大手門を抜けると緩やかな道のりとなります。

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三の丸などの外縁部に位置する郭は駐車場などになっていますが、二の丸・本丸など城の中心部は高遠城址公園として整備されているいます。
ただし、廃城前の建物は皆無で、空掘りと石垣が残されているだけですが・・・。

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城跡に続いて高遠町歴史博物館と進徳館も観覧。
博物館は高遠城に纏わる歴史や模型・文献などが展示されています。

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一方、徳進館は三の丸に建てられた藩校で、現在は国指定の史跡となっています。

この日はこれで終了。
翌日は甲府城と躑躅ヶ崎館(武田氏館)に行くため甲府泊りとしました。

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2009年8月13日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅16 山形城・その3  

本丸復元工事の様子を見た跡は山形県立博物館へ。

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山形県内の歴史・民俗などに纏わるものが展示されています。

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博物館をあとにすると、二の丸にある各不明門を土塁伝いに見てきました。

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まずは北不明門。

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周辺は閑静な住宅街です。

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次は西不明門。
こちらも同じく住宅街に囲まれています。

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最後は南不明門。
こちらは山形駅西口に面することから一番変化があります。

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このあとは最上義光歴史館へ向かいます。

→次に続く。

category: 東北地方遠征

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2009年8月13日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅15 山形城・その2  

お次は復元工事が着手された本丸跡を見てきます。

先に触れた通り、山形城は史跡指定による復元工事が行われることになり、現在は運動場や野球場などの施設は城址外へ移転されることになっていて、本丸跡にあった運動場は既に移転され、石垣などの復元工事が着々と進められています。

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二ノ丸にある、石垣に使用する石の製作の流れ。

最初の写真は石引で使用する修羅と言う橇に載せされている岩石。

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石垣で使用出来るように加工されてゆく過程。

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元の状態では不安定であるため石垣には使えません。
石垣として使用するにはこの原石から加工する必要があります

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そこで穴を開けて鉄製の矢を打ち込み。
ここで使用される矢は平らなものを数本打ち込みます。

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矢を玄翁で打ち込むとクラックが入り2つに割れます。
ここからさらに加工して面取りをしてから仕上げ段階に入ります。

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本丸復元工事で最初に復元された一文字門へ行きます。
山形城の本丸は旧陸軍歩兵三十二連隊の兵営地となったため堀と共に埋めてられてしまったものを復元する計画ですが、復元に必要な絵図面や写真と言った資料が乏しいため、山形市では山形城の資料を募集をしているそうです。

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一文字門の手前に展望台があることから、そこから見てみることにしました。

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一文字門石垣と大手橋。

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本丸には天守台が無く御殿だけあったそうですが、兵営地として破却されたため復元工事が行われることになったのですが、建物の復元が不可能だった場合は発掘調査を元に部屋の位置を示したモニュメントを整備する事も考えられているそうです。

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→次に続く。

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2009年8月13日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅14 山形城・その1  

米沢から戻って、山形城へ。

現在の山形城は二ノ丸・本丸が霞城(かじょう)公園とした残されていて、二ノ丸の外縁部を囲う三ノ丸は山形市の市街地になっています。

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霞城公園では国の史跡に指定されていたことから、山形城の復元工事に着手されることになり、来訪当時までには二ノ丸東大手門の復元が完了しています。

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二ノ丸東大手門の前には堀と奥羽本線が通っています。

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二ノ丸東大手門全体の写真(合成パノラマ写真)

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大河ドラマ「天地人」に合わせて立てられた幟。

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東大手門の虎口内部。
虎口は高麗門と櫓門で構成された枡形虎口の呼ばれるもののようです。

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櫓門の櫓内部が公開されているようなので入ってみました。

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櫓内にあった東大手門復元工事のパンフレット。
復元に際しては木造で行われていて、内部は復元作業に関する概要などが掲示されていました。

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櫓門付近にある最上義光騎馬像。
上杉景勝の重臣である直江兼続を迎え撃つべく自ら決戦の地へ向かう勇姿を山形鋳物で再現したものです。

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お次は本丸復元工事などを見てきます。

→次に続く。

category: 東北地方遠征

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2009年8月13日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅13 米沢城・その3  

上杉神社境内にある宝物殿である稽照殿へ入りました。

稽照殿には上杉家に関する宝物や遺品が展示されていて、中には直江兼続の愛の前立てや上杉謙信・鷹山公の遺品などや刀剣類が展示されています。

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上杉神社を出て二ノ丸跡の南側に出ます。

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上杉記念館は上杉伯爵邸を利用したもので、大正時代に火災で焼失し再建されて鶴鳴館となり、1950年に上杉家から米沢市へ譲渡後されて公民館として使用され、現在は記念館として郷土料理の提供や資料の展示が行われています。

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上杉記念館内の庭園。

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これで米沢城跡の観覧は終了。
午後からは山形城跡の観覧です。

→次に続く。

category: 東北地方遠征

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2009年8月13日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅12 米沢城・その2  

さて、米沢城本丸跡へ足を進めます。

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伝国の杜と同じく二ノ丸跡にある松岬神社は上杉神社の境外摂社で、上杉神社が別格官幣社に列せられた際、米沢藩中興の名君として知られる上杉鷹山を米沢城二の丸世子御殿跡に設けられた設けた摂社であるこの神社に遷されています。
この神社には後年、上杉景勝と上杉鷹山の家老も合祀されています。

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米沢城本丸跡に入ります。
米沢城本丸は上杉神社の敷地となっていますが、実際はここと二ノ丸も含めた松ヶ崎公園として整備されています。

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現在残されている堀は内堀のみ残されていて、正面参道は舞鶴橋が架けられています。

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舞鶴橋を通り左側にある本丸南東隅には招魂碑と上杉謙信祠堂(御堂)址があります。

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招魂碑は、戊辰戦争で戦死した米沢藩士と西南戦争での戦死者を祀るために建てられたもので、後に日清戦争・日露戦争の戦死者も合祀されています。

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上杉謙信祠堂(御堂)は謙信の甲冑を着けた遺体を安置していた場所で、明治維新以降の廃城後は歴代藩主が眠る上杉家御廟所に移されています。

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参道にある上杉鷹山公像。
上杉鷹山(藩主時代は上杉治憲)は3代目藩主死去後の雪だるま式に増加し破綻寸前だった米沢藩の財政を建て直した名君でした。
財政の立て直しは藩主時代は頓挫してしまったが、隠居後に進めた「寛三の改革」で財政支出半減と産業振興を図った結果、財政再建を実現したそうです。

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こちらは北東隅御三階櫓跡にある上杉茂憲の顕彰碑。
米沢藩の13代目藩主である上杉茂憲は明治維新後の版籍奉還により米沢藩知事となり、廃藩置県後は東京へ移住し、1881年から1883年まで現在で言う知事に当たる県令(県の長官~茂憲は2代目)を務めています。

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お次は上杉神社にある稽照殿に入ります。

→次に続く。

category: 東北地方遠征

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2009年10月3日 学研都市線ホーム延伸工事3  

学研都市線のホーム延伸工事を8月上旬に見てきましたが、今回10月3日に祝園駅だけ見てきました。

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比較的手が加えられる祝園駅の工事は上りホームが新たに新設されることになり、ホームの土木工事が進められています。

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まずは上り線も移設されるため新たに出発信号機が設けられています。

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ホーム新設工事は点字タイルと滑り止めの工事がもうすぐ終わると言う段階です。

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新設されるホーム延長は4両分。

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ただし、現行の上り線の間に細長く設けられているだけなので、複数段階を経る可能性が高いようです。

まず考えられるのは、新上り線への切替後(停車位置も同時変更)に仮ホームを継ぎ足して幅員を確保した後に現在の上り線の撤去、その後木津方のホーム構築工事に着手。
木津方を構築後に停車位置を変更して、京橋方仮ホームの撤去と本設ホームの工事の着手。

と言う流れなのでしょうか?

また、階段の位置変更も含めた駅舎改修も視野に入りそうです。

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下りホームは大きな動きが無く、仮の杭で仕切られているだけと言う段階で留まっています。
また、行き違い区間延長と思われる軌道敷設工事も大きな動きがありません。

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今回のレポは以上です。

category: 学研都市線ホーム延伸工事の話題

tag: JR西日本  輸送力増強工事  学研都市線 
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2009年8月13日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅11 米沢城・その1  

初日の宿泊先はリッチモンドホテル山形駅前。

写真の場所は山形城三ノ丸跡に位置する山形駅の西口で、近年整備事業が進められているところにホテルが建っています。
前回の2007年11月遠征で来訪した時はまだオープンされてなかったことから、オープン後に来るのは初となりました。

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さて、明けて2日目は山形城と米沢城を登城し夕方に秋田へ抜ける予定としていたのですが、やりくりが難しくなるので、先に米沢の方を片付けることにしました。

予定よりも1時間早くチェックアウトして、米沢行き乗り込み奥羽本線を南進します。
途中、城らしきものが見えたのですが、それは上山城(かみのやまじょう)で今回は対象外なのでスルーしておきます。

米沢に到着。

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駅で米沢のアリアマップを入手。
米沢城跡がある上杉神社へはやや距離がありますが、ここを歩いて行きます。

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米沢駅から歩いて25分ほどで米沢城跡に到着。
東側に位置する左手には伝国の杜があり、館内に米沢市上杉博物館が入居しています。

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上杉博物館では「天地人博2009」が開催中で、NHKの大河ドラマ「天地人」にあわせて開催されているもので、ドラマで使用されている衣装や直江兼続の関連する歴史などが紹介されています。

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常設展のほうは会津討伐の一環として戦われた長谷堂城の役から厳封後の米沢藩に関する流れなどが紹介されていますが常設展も含めて撮影は禁止で、唯一撮影が許されているのは展示会場出口付近にある鉄砲シミュレーター体験と下の写真の展示物だけです(それでも、フラッシュ撮影は禁止)

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写真は上から順番に直江兼続・上杉景勝・上杉謙信のものです。

伝国の杜をあとにして米沢城の遺構が残されている上杉神社へ向かいます。

category: 東北地方遠征

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2009年10月2日 北近畿ビッグXネットワークに287系特急形電車導入へ  

JR西日本は2009年10月2日、これまで485系からの改造車である183系700番台・800番台で運行されてきた北近畿ビッグXネットワークの特急列車に新型車両を導入することを公式に明らかにしました。

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神戸新聞では今年7月に新型車導入する方針を固めたと報じていましたが、概要が明らかにされていなかったため、ここでは上げませんでしたが、今回公式から概要が明らかにされています。

参考文献
・特急「きのさき」「北近畿」などへの新型特急形電車の投入について
(2009.10.2 JR西日本のニュースリリース)
http://www.westjr.co.jp/news/newslist/article/1174397_799.html
・新型特急新型電車287系導入へ JR西福知山支社
(2009.10.2 京都新聞)
http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2009100200214&genre=B1&area=K00
・特急「北近畿」などに新型車両導入へ JR西日本
(2009.10.2 神戸新聞)

公式リリースから判明していること・想定出来る仕様など

・車体は683系4000番台がベースのアルミ合金製であるが、前面形状は丸みを帯びたものとなる。
・車両の製作は川崎重工業などとされているが、近畿車輛か日立製作所が加わるかも?
・今回導入するのは4両編成×7本、3両編成×6本の計46両
・足回りは683系ベースであるものの直流電車になるため、683系から交流関係機器を省略した仕様になると思われるが、特急形直流電車は285系以来なので今のところ不明。

不確定な事柄とそれに対して考えられること。

・現有車両数と導入車両数が合わないのは?

置換え対象である183系700番台・800番台は福知山電車区に全室グリーン車組込のA編成が4連7本、半室グリーン車組込のB編成が4連6本とB編成増結の中間ユニット2両6本、A編成の増結用であるC編成が3連6本の計86両となっている。

C編成は福知山線が全線電化したのと同時に登場した北近畿号向けに485系を転用し、後に七尾線電化による113系→415系改造のために交流機器を外して183系へ編入したもので、国鉄オリジナル塗装にアンダーラインが追加されている。

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A編成は山陰本線園部~福知山電化に合わせて特急電車向けに485系から改造されたもので、こちらはJR西日本オリジナルの塗装となっている。

B編成はスーパー雷鳥を分割運用出来るように中間電動車を先頭車化改造してオールモノクラスの3両編成となり、その後681系の導入でしらさぎへ転用され、さらにしらさぎ用に683系2000番台が導入されたことによりA編成の増結用として交流機器を使用停止して183系に編入されたもので、こちらもA編成と同じJR西日本オリジナル塗装となっている。

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導入される予定の本数などからA編成とB編成がまるごと置換えられる本数となっているが、全てを置換える本数ではない点が引っ掛かります。

これに関しては公式サイドも明言されていないため何とも言えませんが、基本の4両編成が共通化されるものと思われるので、ある程度の効率化が出来るものの、絶対数が足りないことから全て置換えられそうにないということも考えられます。

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287系の車体のベースとなる683系4000番台 2009.7.26 島本にて

いずれにしても2011年頃までは断言は難しいです・・・。

category: 関西地区の鉄道

tag: JR西日本 
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週末日記 2009年10月4日  

2009年10月4日(

4日は午後から篠山城へ行ってきました。
例によって日本100名城巡りの一環としてですが・・・。

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大阪からは北近畿9号で篠山口へ。
丹波路快速でも良かったのですが、これにしたのは485系から改造された183系700番台・800番台が2011年度までに新型車両287系に置換えられることが先日公表されたため。

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篠山城がある篠山市の中心部は篠山口から徒歩圏で行く距離ではないため、駅前から神姫グリーンバスに乗り換えるのですが、先の北近畿が先行する快速(JR東西線経由)が遅延した影響で7分遅れとなったため接続出来ないと思われたのですが、そこはしっかりと接続して30分のロスになるところを回避出来ました。

篠山口から神姫グリーンバスに無事乗り換えて篠山城の最寄りとなる二階町へ向かいます。
降立った二階町停留所周辺は昔の城下町だった一角に位置する場所であることから、人と車の往来がありながら道路は狭いです。

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二階町停留所付近の交差点を南へ歩いて数分のところに篠山城跡があります。
石垣などは復元されていますが、基本的には二ノ丸と本丸のみ残されている感じです。

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本丸側は廃城後残された後に火災で焼失した大書院が復元されています。

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大書院の南側が二ノ丸御殿跡で現在はモニュメント的なものが整備されています。

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篠山城の天守は城郭そのものが堅牢すぎるという理由から建築される段階で中止されたため天守自体は存在せず、本丸の南東の隅に天守台だけ残された格好となっています。

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篠山城を出てからは青山歴史村などを一巡り。

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篠山を後にして橋上駅舎の工事が進められているJR宝塚駅の見聞。

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工事が着手されて仮の跨線橋が設けられたところまでは補足していましたが、ここ何年かは来訪することがなかったので、久しぶりに見た状況はかなりの段階まで進んでいるようでした。

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自由通路に工事の進捗状況と完成イメージが掲示されているのですが、予定通りだと来春に供用開始になる模様です。
肝心の配線が良く分からないのですが、現状のままの公算が高いと見ているのですが、どうなのでしょうか?

宝塚駅の工事を見聞した後は阪急・阪神・近鉄を乗り継いで帰宅しました。

category: 日記

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