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2011年01月の記事一覧

2011年1月9日 信越の城を巡る旅6 信濃愛宕城  

飯田城址めぐりの後は当地の締めくくりとして飯坂城こと信濃愛宕城跡へ。

信濃愛宕城は飯田城の前身で、飯田城址の台地に近い場所にあります。

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写真のSLのある場所近くから分かれる道から扇町公園へ下りて行きます。

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細くなってゆく道をしばらく下りてゆくと・・・。

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愛宕城址の台地と扇町公園が見えてきます。

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公園を横切って台地側に階段を登っていきます。

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台地上にたどり着くと愛宕城址跡に到着です。
現在この場所は愛宕神社となっています。

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信濃愛宕城の別名でもある飯坂城と記された石碑。

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飯田での活動はこれで終了。
飯田駅へ戻って飯田線を北上します。

→次に続く。
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category: 甲信越地方遠征

tag: 日本の城郭  信濃飯坂城  信濃愛宕城 
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週末日記 2011年1月30日  

2011年1月30日(

1月最後の週末は当てもなく大阪駅へ出向いて、今春全面開業となる橋上駅舎工事の進捗状況を撮影・・・。
橋上駅舎から神戸方へのエスカレータ設置工事が着手されており、JR神戸線ホームの方は上りエスカレータの供用が開始されています。

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撮影しているとJR京都線ホームに225系を発見。

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堪えきれずに乗ってしまい、米原まで行ってしまいました・・・汗。

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乗ったのはこのショットを撮りたかったからですが(車内写真を)
まだ本数が少ないのでなかなか撮れないんです。

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米原で下車。
珍しく西口から撮影。

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改良工事で東西自由通路を抱えた橋上駅舎となった米原駅はこれまで在来線コンコースを経由しないとならなかった新幹線のりばへのルートが自由通路側と直接結ぶ改札口が設けられため解消されましたが、予算の関係で改札内の各コンコースは最小限の拡張にとどまったため、在来線コンコースと新幹線コンコースの間が狭いままであるのと交錯した導線は手付かずのままと言う中途半端な改良さ加減が自治体と事業者の双方の財力が伺えるのは皮肉なものです。

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入場券を買って新幹線ホームにも出てきました。
撮影し難そうだったので10分ほどで退却しました・・・。

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米原から折り返しの225系に乗って。

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野洲へ。

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狙いは野洲折り返しの225系ですが、なかなか出庫せず気が付くと日が暮れてしまいました。

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ようやくお目当ての225系に乗って大津まで乗車。

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大津から後追いの新快速に乗って大阪へ先回りしようと思ったのですが、日本海側の大雪の影響でサンダーバードが遅れているため、本来先行するはずの高槻で先行されてしまいました。
結局、新大阪までで先行したので大阪で編成写真を何とか捉える事が出来ました・・・。

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category: 日記

tag: JR西日本  225系 
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2011年1月9日 信越の城を巡る旅5 信濃飯田城・その3  

飯田城址めぐり3回目。

続いて二の丸跡。
廃城後の飯田城は櫓や御殿は破壊に留まらず、堀は埋立てられ、城内にあった巨木も切り倒され、道具類・古文書等も廃棄されるなど、他の城郭に比べてかなり徹底的に破壊され、現在は下の写真のように市の主要施設や宅地化されて遺構は極僅かしか残されていません。

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二の丸跡は北側が宅地化され、南側が飯田市立美術館が建てられています。

美術館の駐車場。

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美術館正面。
二の丸大通り跡でその奥にある住宅地前に二の丸御門(八間門)跡がありました。
二の丸御門は廃城後に飯田市内の民家に移築され、現在も松尾久井の場所に残されています。

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この付近には白線が描かれていますが、これは水路跡を示すもの。

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それ以外は水路を模したものが造られています。

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美術館前にある井戸跡。
5か所あった二の丸内の井戸の一つ。

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出丸と二の丸の間にあった水の手御門跡。

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桜丸にあった赤門。
移築したものですが、門自体は現存の城門です。

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赤門がある桜丸跡は飯田市立図書館や飯田合同庁舎が建てられています。

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さて、飯田城がこれほどまで破壊されたのは、11代藩主堀親義が徳川慶喜の側近であったことも含めて幕府側に建つ人物であったことと、明治時代に入ってから起きた飯田事件も含めて明治新政府から危険視されたことから、遺構も歴史も抹殺されたからと言われています。

この後は飯田城の前身となる信濃飯坂城(信濃愛宕城)跡を見てきます。

→次に続く。

category: 甲信越地方遠征

tag: 日本の城郭  信濃飯田城 
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2011年1月9日 信越の城を巡る旅4 信濃飯田城・その2  

信州飯田城址巡りの続きです。

下の写真は主郭部南側から撮影したものです。
右側に見える緑に覆われている場所は飯坂城とも呼ばれる愛宕城跡で、こちらは後ほど触れることにします。

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水の手通りから見る主郭部の南側。
正面の丘陵上にあるのが出丸跡で現在は飯田市立追手町小学校になっています。

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二の丸の下あたり。
左側の丘陵上に二ノ丸跡がある。

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水の手通りを東へ下って県営住宅に近い場所にある小さな道から主郭部の先端へ登っていきます。
あまり目立たない道ですが、間違っても登りやすいからと言って車道の方へ進んでしまうと主郭部の先端へは行けず二の丸跡と桜丸跡の間に出てしまいます。

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登り口をから登って最初に見える民家の前まで来ると左手に大きく回ってさらに登ります。
写真はそこから登ったところから撮影したもので、左上に見える白いガードレールが写真中央に向かって下りてますが、それが登り口からの細い道です。

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民家の軒先を通るような細い道を登って行きます。

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しばらくすると伊那盆地の河岸段丘に広がる宅地と丘陵の斜面に沿った建っている民家が見えてきます。

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さらに登ると正面に旅館らしき建物が見えてきます。
これが飯田城温泉三宜亭本館で、その場所が主郭部の先端にあたる山伏丸跡です。

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山伏丸跡に建つ三宜亭本館。
中央右奥に見える道が先ほど登った道、中央下付近に見えるスロープのようなものが本丸と山伏丸の間にあった堀切の跡らしい。

ちなみに山伏丸は築城前は修験者(山伏)の修行所があり、築城に際して本稿の冒頭で触れた飯坂城(信濃愛宕城)の土地と交換したことに由来しているそうです。

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本丸跡。
本丸跡は現在、北側に長姫神社、南側に長姫神社と三宜亭本館の駐車場となっています。

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長姫神社。

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柳田國男館・日夏耿之介記念館の駐車場。
この辺りは本丸と二ノ丸の間にある堀切跡があったとされています。

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日夏耿之介記念館
飯田ゆかりの詩人・文学者である日夏耿之介(1890~1971)の功績を称えて建てられた飯田市美術博物館の付属施設で、建物自体は晩年過ごした邸宅を復元したもの。

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柳田國男館。
日本民俗学の創始者である柳田國男(1875~1962)の書屋を、東京都世田谷区から移築して飯田市美術博物館の付属施設として開館させたもの。

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→次に続く。

飯田城址の衛星写真(Yahoo!地図より)

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2011年1月9日 信越の城を巡る旅3 信濃飯田城・その1  

飯田からは飯田城址めぐりを始めます。

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飯田駅前広場。
飯田駅前を含めた南北方向は飯田城の外堀があった場所とされています。
現在は駅正面がタクシー乗り場、南側がバス乗り場となっています。

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駅前広場にある井原五郎兵衛碑。

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駅前広場を真っ直ぐ南へ進むと飯田城の外堀跡があります。
現在は柏心寺の境内の石垣になっていますが、元は飯田城の総構えの外縁部に位置します。

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ここから旧飯田城の城下町を巡ります。
この辺りは主郭部を外側にある町屋などがあった場所で、1940年代の飯田大火災によって見る影もありませんが、町の区画自体は一部を除いて大きく改変されてはいません。

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長源寺入口にある山口不二墓。

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殿町にある飯田最古の道標。

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道標の西側にある武家屋敷福島家。
現在も民家として使われているらしい。

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赤穂浪士の一人である赤垣源蔵(赤埴重賢)の生家跡。

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江戸時代中期の儒学者・経世家である太宰春台邸跡。
現在は5月から12月の毎週日曜に開かれる夕市がこの場所で開かれる。

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→次に続く。

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2011年1月9日 信越の城を巡る旅2 伊那路1号で飯田へ  

豊橋から飯田線に乗って飯田へ向かいます。

さて、飯田へは一番早い時間で豊橋6:00発天竜峡行き(501M列車)で、終点の天竜峡から飯田行き(1425M列車)に乗り換えて9時台到着なのですが、名古屋出発が早朝になるため体力的にはきつい。
その次となると豊橋8:12発天竜峡行き(511M列車)になるものの、天竜峡で茅野行き(243M列車)まで30分待ちになる上に後発の10:08発の伊那路1号(21M列車)がこの間に追い越して飯田に先着することから、ここでは伊那路1号に照準を合わせることにしました。

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先ほど車内写真を撮っていた313系1100番台が出発していった後、しばらくして浜松方で待機していた373系が入線。

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今回は指定席を確保しました。

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豊橋を出発して平井信号所までは名鉄名古屋本線と線路を共有しています。
これが双方とも列車本数のネックにもなっているのだそうです。

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平井信号所で名鉄と別れると渥美平野を北東に向かって進みます。

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豊川までは複線ですが、豊川を過ぎると単線になり、しばらくは豊川市の市街地を進みます。

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市街地が途切れ始めると豊川沿いの田園地帯を進み新城市に入ります。

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新城市域を始めとするこのあたりは戦国時代における武田軍と徳川軍が幾度も交えた場所で、一昨年来訪した長篠城や設楽原はこの北端に位置しています。

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本長篠を出ると県境越え区間に入り、鳳来峡に沿って進みます。

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三河川合辺りまでは豊川水系ですが、一駅北側の池場からは天竜川水系となります。
ここからは中部天竜まで下り勾配が続きます。

東栄を過ぎると比較的まとまった集落が点在し、且つ集落ごとに駅があります。
これが飯田線の特徴で4つの私設鉄道から始まった歴史的経緯の名残です。

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中部天竜で上りの伊那路2号と行き違い。

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中部天竜を出て天竜川橋梁を渡り佐久間を過ぎると比較的長いトンネルに入ります。

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峰トンネルを抜けると天竜川水系の水窪川に沿って北上します。
例の渡らずの橋である第6水窪川橋梁を通りますが、この辺りは中央構造線と天竜川断層と言う2つの断層帯に挟まれた場所で、この橋梁は当地における不安定な地盤を象徴するものでもあります。

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水窪を過ぎて大原トンネルを抜けると再び天竜川に沿って進みますが、平岡までは人口が希薄な地域でこの途中にある各駅は秘境駅として趣味者の間で知られています。

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天竜峡に到着。
景勝地・天竜峡の拠点でもあるこの駅は私設鉄道時代から境界駅であった経緯の名残で現在も飯田線における運用上の境界駅として位置づけられていて、ここを始発駅とする列車が多く設定されています。

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天竜峡を出ると伊那盆地を延々と北上します。

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やがて飯田盆地の特徴である河岸段丘と田切地形が迫り、段丘の上にある飯田に向けて回り込むように登っていきます。

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豊橋から2時間30分ほどで飯田に到着。

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ここで大きい鞄をロッカーに放り込んで飯田城址めぐりを始めます。

→次に続く。

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2011年1月9日 信越の城を巡る旅1 伊那路乗車前に313系4次車(1100番台)  

遠征2日目は名古屋からスタート。

2日目の目的は長野県南部にある飯田城。

飯田城は飯田市の中心部に位置するのですが、名古屋から飯田へ出るには塩尻または豊橋経由の鉄道線と中央自動車道利用する高速バスの2通りあります。
前者は木曾山脈を避けて建設された経緯から大きく迂回することになり、後者は中津川から恵那山トンネルで木曽山脈を突っ切って飯田市がある南信地方へ抜けるためがこちらが最速なのですが、飯田線を日のあるうちに乗ったことがなかったため、今回はあえて豊橋から飯田線で飯田入りをすることにしました。

豊橋までは東海道線の新快速で移動。

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豊橋到着後は伊那路入線までは撮影タイムとしましたが、ここで313系4次車に遭遇。
今回遭遇した313系4次車は大垣車両区在籍車では初の1100番台。

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人気のない車内を撮影。

まずは車内全体。
座席配置自体は1000番台と変わらず。

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基本番台や5000番台と異なりロングシートである車端部。
表地がオレンジなのは優先座席の扱いで、この箇所にある吊り手もオレンジに色分けされている。

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こちらは座席の表地がブルー系で一般座席扱い。

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立席スペースが確保されたドア回り。
5000番台と違ってドア付近の座席は固定式であるが、4次車では床の滑り止めが黄色の識別色になっている。

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3次車と同仕様の天井回り。

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車椅子タイプ便所は3次車と同仕様。

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車内撮影終了。
車外へ退出して伊那路1号の入線を待ちます。

→次に続く。

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2011年1月8日 紀伊半島巡る旅10 名古屋へ  

多気に到着。

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多気駅は伊勢市・鳥羽方面へ至る参宮線との分岐駅です。
次の亀山行きまで1時間近くの待ちとなるため、この間を利用して撮影タイム。

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iPodTouch+モバイルルータを使ってUSTREAM配信してみたり。



編成写真撮影をしたり。

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寒い中延々と待ってようやく参宮線からやって来た亀山行きに乗って紀勢東線を北上。
亀山に到着後は関西本線に乗り換えて名古屋へ向かいます。

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かつては165系が使われ、後に213系5000番台へと主役が変わってきた同線はいまや313系3000番台が主役。

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基本構造を変えることなく窓配置や座席のレイアウトを変えることができると言う意味で313系はJR東日本のE231系やE233系を始めとする一般型電車を超える汎用車両と言えます。

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23時前に名古屋に到着。

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初日はこれで終了。
駅近くのホテルに直行します。

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初日の宿泊先はダイワロイネットホテル名古屋新幹線口。
昨年秋にオープンしたばかりのビジネスホテルですが、実は旧ナチュラルホテルエルセラーンをリニューアルしたホテルなのだそうです。

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早速チェックイン。
今回はスタンダードシングルBを利用。

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セミダブルのベット周り。

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デスクトップ回り。

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客室のエントランス。

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別途に備え付けの目覚まし時計と照明コントローラー。

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モノトーンで纏められたユニットバス。

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ここで一泊後、遠征2日目に突入です。

#「2011年1月8日 紀伊半島巡る旅」おわり→「2011年1月9日 信越の城を巡る旅1」に続く。

category: 東海地方遠征

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週末日記 2011年1月23日  

2011年1月23日(

23日は福井県の新疋田駅へふらりと出かけてきました。

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大阪から新快速を使って新疋田へ向かったのですが、途中の新旭駅でホームの延伸工事が行われていました。

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近江今津で切り離し作業で8両編成から4両編成へ。

敦賀発着の湖西線経由の新快速が8両が最長なのですが、これは新旭駅が8両編成までしかホームが対応していないためで、先ほど触れた新旭駅のホーム延伸工事は来春のダイヤ改正で土休日ダイヤの新快速が近江今津・米原~姫路・網干で終日12両編成化されることに合わせて行われているものです。
湖西線では蓬莱と近江中庄~永原が12両編成対応ではないものの、前者は快速系統の通過駅、後者は閑散区間と言うこともあって今回はホーム延伸工事に対象とはなっていません。

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滋賀県内でも県庁所在地の南部と湖北地方では車窓が全く違い、近江舞子付近を境に雪模様。

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大阪から2時間近くかかって新疋田に到着。

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京都方面の新快速が来る20分ほどの間に撮影タイム。

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現在の新疋田駅の駅舎は2006年の直流化に合わせて建て替えられたものでログハウス風の駅舎内はご覧の通り。

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敦賀から折り返してきた新快速に乗って大阪へ戻って、買い物を済ませた後環状線ホームへ出向いて外回りの停車位置変更の確認。

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以前の停車位置になると今春のグランドオープンに向けて設置される橋上駅舎の上り口に重なるらしく、現状でも工事が着手されていることから、それを避けるためのようです。

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この後は帰宅。
明日から仕事です。

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tag: JR西日本  湖西線  北陸本線  新疋田駅  駅改良工事  大阪駅 
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週末日記 2011年1月22日  

2011年1月22日(

22日は湖西線へ撮影に出向きました。

その前に先日外回り線の停止位置が西九条寄りに動いた大阪駅の環状線のりばの確認。
以前よりかは3分の2両分西九条方(外回りベースで後退)へ動いてます。

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湖西線の撮影は例によって堅田で。
丁度683系4000番台が来ない時間帯だったようで・・・。

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撮影後は梅田で買い物をしてから帰宅しました。

category: 日記

tag: JR西日本  駅改良工事  大阪駅  湖西線 
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2011年1月8日 紀伊半島巡る旅9 10年ぶりの紀勢東線へ  

新宮駅に戻ると今度は紀勢東線を北上します。
紀勢本線は5年ほど前に紀州鉄道乗りつぶしの時に御坊まで乗ったのが最も新しく記録ですが、全線走破となるとここ10年近くは遠のいてました。

これまでは紀勢西線側を新宮夜行(太公望列車)で、紀勢東線を南紀号と言う組み合わせだったのですが、今回は西線側をくろしお号など特急で、東線側をローカル列車の乗継と言う組み合わせとなりました。

さて、行程作成時の予定では17時台の列車だったのですが、新宮城の撮影・滞在時間が設定されたよりも早く終えたため、1本前の15:56発の多気行きに繰り上げ変更して当時の宿泊先である名古屋市内のホテルへのチェックインを事実上繰り上げることにしました。

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新宮駅はのりばは2面3線で、駅本奥側と島式ホームの間に中線、3番線側に側線を有しています。
駅構内には紀勢西線の白浜~新宮を管轄する新宮鉄道部があったのですが、2008年と2010年に和歌山支社への直轄化が段階的に行われたことから、鉄道部時代には105系が在籍した車両の配置は日根野電車区新在家派出所へ移籍されたため、現在は列車乗務員のみ配置された新宮列車区に移行されています。

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来訪時にはこの側線にドクター東海ことキヤ95系が留置されていました。
新宮に留置されていたのはDR2編成。

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ここでは折り返し待ちをしている105系0番台を撮影。

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車内写真の一緒に。

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新宮から乗車するのはキハ11型2両。
紀伊勝浦方はステンレス車体+便所付きの300番台。

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入線直後の車内を撮っておきます。

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亀山方はトイレなしの0番台。
キハ11形の紀勢東線入線時は長距離運用になることから便所付きの300番台が必ず併結されるように定められているようです。

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新宮を出発。
熊野川を渡ると三重県に入ります。

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夕暮れの車内をぼんやり眺めている間に爆睡。
気が付く紀伊長島辺りですが車窓は真っ暗でした・・・。

荷坂峠越えはかつては難所で、キハ58形などは非力でディーゼルエンジンが喘いでもノロノロと登っていましたが、キハ11形だとキハ85系ほどでなないにしてもまあまあの登坂能力があるようです。

伊勢平野に入って真っ暗な中を突っ走ると多気に到着。
ここから亀山行きに乗り換えです。

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→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: JR東海  JR西日本 
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2011年1月8日 紀伊半島巡る旅8 紀州新宮城・その3  

新宮城址巡り。
最後は出丸の方を見てきます。

紀州新宮城の出丸は本丸の北西側に位置しています。

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さっき来た本丸下段側にある虎口脇から本丸上段の石垣に沿って進んだ先に出丸の階段前に出てきます。

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出丸の櫓台上部。
現在は建物が一切ない状態で、ご覧の通り荒れた状態となっています。

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出丸上から周辺を撮影。

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さて、一応これで終了なのですが、紀州新宮城には松ノ丸・鐘ノ丸・本丸・出丸以外に水ノ手と言う曲輪があり、平山の主郭部より下の熊野川の畔に位置しています。
現在も主郭部や熊野川に架かる近隣の橋梁から見ることができます。

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丹鶴公園では水ノ手まで下りれるようになっていて、松ノ丸から熊野川へ下りることができるのですが・・・。

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現状は水ノ手へ下りる通との途中が崖崩れなどで危険であることから松ノ丸から通路自体は立ち入ることができません。

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実は紀州新宮城自体の遺構群は荒廃した箇所が見られるのですが、新宮市では紀州新宮城の修復計画が進められていて、水ノ手では発掘調査と復元工事などが進められている他、主郭部の石垣の修復などが行われる予定です。

参考:新宮市役所公式サイトから紀州新宮城に関する情報
http://www.city.shingu.lg.jp/forms/info/info.aspx?info_id=19157

これで紀州新宮城址巡りは終了。
新宮駅へ戻って初日の宿に向けて移動します。

→次に続く。

category: 関西地方

tag: 日本の城郭  紀州新宮城 
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2011年1月8日 紀伊半島巡る旅7 紀州新宮城・その2  

新宮城址めぐり。
今度は本丸の方へ進みます。

写真は鐘ノ丸と本丸下段の間にある庭園ですが、この場所に城門があったとされています。

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正面の建物は櫓風の外観を持つ便所。
その背後にある石垣は天守台ですが、実は本来の姿の半分の規模に改変されてしまっています。
それは後ほど触れることにします。

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本丸下段から上段の虎口。

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本丸からの眺め。

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本丸上段の様子。

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本丸北東の枡形虎口。
搦め手に当たりますが、現状は閉鎖されています。

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丹鶴姫之碑

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本丸南西側。
本来この背後には天守台があるのですが、廃城後に破壊されてしまったため、随分小さくなってしまっています。

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崩された跡には登城道が整備されていて本来あったもののような雰囲気となっていますが、実は元々存在しないものです。

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この後は出丸を見てきます。

→次に続く。

category: 関西地方

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2011年1月8日 紀伊半島巡る旅6 紀州新宮城・その1  

新宮に到着しました。

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新宮駅は駅の正面はタクシーの待機場所となっていますが、少し歩いた場所にバス乗り場があります。

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ここからは新宮城へ訪れます。
写真は平山城の直下を通る紀勢本線の線路で、新宮駅構内の留置線から入換作業などで車両がこの場所まで引き上げ来るためこの場所までは電化されています。

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新宮城址入口。
現在の新宮城は主郭部が丹鶴公園として整備されています。

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山城の麓は二ノ丸と武家屋敷がありましたが、廃城後は市街地化などに改変されています。
現在の二ノ丸跡は幼稚園などになっています。

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では城址公園内へ。

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左側の石垣から向こうがは二ノ丸跡。
右側に階段は城址公園となってから整備されたものです。

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整備された遊歩道と城址の遺構の境界。
奥側が本来の遺構ですが、やや崩れています。

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松ノ丸の虎口。

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松ノ丸跡。

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鐘ノ丸の虎口。

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鐘ノ丸跡。

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続いて本丸跡や出丸跡を見てきます。

→次に続く。

category: 関西地方

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2011年1月8日 紀伊半島巡る旅5 本州最南端潮岬・その4  

さて、望楼の芝から潮岬観光タワーへ移動します。

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潮岬観光タワーは展望台と飲食店が入居する2棟で構成されている観光施設です。

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串本方面へのバスの出発時間が迫りつつあるため、短時間勝負となりました。
展望タワーへの観覧券の代わりに本州最南端方面証明書が配布されます。

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年代物のエレベータで上層へ上がり、さらに階段を使って屋上の展望台へ。
上から順に東西南北で撮影してます(いずれも合成パノラマ写真でクリックすると元のサイズで表示されます)

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そろそろタイムアップなので潮岬から串本駅へ戻ります。

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串本からはスーパーくろしお7号に乗って新宮へ向かいます。

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串本駅構内の様子。

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くろしお7号では普通車指定席でに座ります。
指定席の利用客層はいわゆる団体客が多く、その次に家族連れと言う感じです。

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最南端から紀伊半島に東側を北上していきます。

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約50分ほどで新宮に到着。

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新宮では3時間ほどバッファがあるため、ここから徒歩圏内にある新宮城を訪れることにしました。

→次に続く。

category: 関西地方

tag: 本州最南端  潮岬 
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週末日記 2011年1月16日  

2011年1月16日(

16日はJR京都線内で撮影。
狙いは225系なのですが、当日は降雪でダイヤが乱れているため諦めて他形式を撮影。

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この時、今春の営業運転に向けて試運転が開始されていた287系が回送列車で京都総合車両所へ戻るところを遭遇。
後追いですが、ギリギリのタイミングで捉えましたので、弊サイトの方にも画像もアップしました。

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雪を撒き散らしながら駆け抜ける日本海縦貫線系統の貨物列車群。

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あとはお馴染みの列車群。

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大阪へ戻ってOCATに隣接した場所に建てられたビル内にあるジュンク堂で書籍を何点か購入し帰宅しました。

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category: 日記

tag: JR西日本  287系  JR貨物 
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週末日記 2011年1月15日  

2011年1月15日(

15日は仕事休みと言うことで午後から何となくお出かけ。
上本町駅に隣接する上本町YUFURAへ寄り道。

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大阪駅では戦略上の理由で環状線外回りの停止位置が西九条寄りに変更されるために進められている環状線ホームの工事の様子を確認。

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尼崎では今春実施されるダイヤ改正で快速列車の運行体系が変わるJR宝塚線の利用状況調査。
(結果は弊サイトの方で後日アップします)

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ついでに223系6000番台の撮影。

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神戸へフラフラとした後は梅田へ。
ここで9000系3次車に遭遇。

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ヨドバシカメラで今後買うものを見てから帰宅しました。

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category: 日記

tag: 近畿日本鉄道  上本町YUFURA  JR西日本  駅改良工事  大阪駅  混雑調査  阪急電鉄 
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2011年1月8日 紀伊半島巡る旅4 本州最南端潮岬・その3  

引き続き潮岬観光です。

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この場所は潮岬の中でも知られた場所だと思われます。

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このオブジェは和歌山県朝日夕日百選の一つとして選定された場所にあるもので、潮岬の夕日の写真として出ているものの多くはこの場所から撮影したものらしいです。

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周辺はこんな感じ。

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黒潮前停留所付近から遊歩道に沿ってゆくと・・・。

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その先にあるのは望楼の芝。

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本州最南端の石碑。

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最南端の地に建てられている下村宏の銅像。
ポツダム宣言受諾の実現に尽力した人物として知られ当時は情報局総裁であったが、歌人としても知られ下村海南の名義で作品を著しているのだそうです。

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写真で見る本州最南端。
中央の岩礁が実際の本州最南端であるクレ崎。

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もう一つある本州最南端の石碑。

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顕彰碑。
潮岬の望楼の芝南端に建つこの顕彰碑はオーストラリア北部の産業であった真珠貝、高瀬貝、ナマコの採取漁業の従事者として雇われた日本人移民の霊を慰めるため、移民渡航100周年を記念して建てられたものだそうです。

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望楼の芝の南側から撮影。

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この後は潮岬観光タワーへ向かいます。

→次に続く。

category: 関西地方

tag: 本州最南端  潮岬 
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2011年1月8日 紀伊半島巡る旅3 本州最南端潮岬・その2  

潮岬灯台の本体へ。

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地上側にある資料展示室。

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内部はこんな感じ。

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実寸大のカットモデル。

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では灯台本体の上部へ。

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68段ある螺旋階段。
内部は綺麗に整備されています。

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殆ど梯子と言っても差支えがない急な階段を登ると・・・。

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灯台本体の欄干に出ます。
ここから見る潮岬周辺(以下3枚の画像はすべて合成パノラマ写真)。

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→次に続く。

category: 関西地方

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2011年1月8日 紀伊半島巡る旅2 本州最南端潮岬・その1  

本州最南端の駅串本に到着しました。

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ここからは本州最南端に位置する潮岬へ向かいます。
串本駅からのアクセスは南海電鉄系熊野交通の新宮・潮岬線を利用します。

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まず先に潮岬灯台を訪れるため灯台前で降車します。

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灯台へは案内に従ってバス停のすぐ近くにある駐車場の脇を通り・・・。

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1分ほどで灯台入口。
潮岬灯台は内部も公開されている参観灯台です。

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敷地内の様子。

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灯台と無線方位信号所。

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地元の小学生による魚の壁画。

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続いては灯台内部へ入ります。

→次に続く。

category: 関西地方

tag: 熊野交通  本州最南端  潮岬  参観灯台  日本の灯台50選 
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2011年1月8日 紀伊半島巡る旅1 381系くろしお号  

1月8日から10日の三連休を利用して城廻の旅をしてきました。
約2か月ぶりの遠征となりますが、今回は夜勤明け帰宅後出発と言うタイトなスケジュール。

どうにか間に合って天王寺へ。
天王寺からくろしお1号に乗って本州最南端の駅・串本へ向かいます。

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2012年から置き換えの決定が昨年末に発表された381系に乗車。
くろしおを始めとする紀勢本線特急は紀伊半島沿岸部の観光と阪和間の速達列車と言う2つの側面があり、利用客層が異なりますが、基本的には複数名グループもしくは団体ツアーが多く車中は騒々しいので、ここではグリーン車を指定。

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数年前まで単線だった阪和線への連絡線は現在複線化されていますが、特急でここを通るのは初めて。

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阪和線内では快速列車に頭を押さえられてダラダラ~と進み、紀勢西線に入るといよいよ本領発揮かと思われたのですが、中央西線の「しなの」や中央東線の「スーパーあずさ」よりも線形的に厳しく、うねうねと進むようなルートがとられているため思っているほど早く進みません。

紀勢本線はイメージ的に海岸線を通るように思われますが、リアス式海岸の影響や比較的古い建設年代における土木技術上の理由から実際にはイメージされているよりも内陸部を通っています。

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実際に海が見えるのは入り江が奥に入り込む場所や海岸線沿いの平地があるような場所ぐらいです。

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くろしお用の381系はリニューアルされた際、新宮方の普通車をグリーン車に改造したため、窓配置とシートピッチが合わない箇所がでてしまうため、一部のシートピッチが変則的に長い箇所があります。
グリーン車にはフットレストが用意されているのですが、該当箇所はそこまで足が届かないため、その対策として足置きが別途用意されていいます。

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さて、くろしお号で使用されている車両が振り子電車の381系から非振り子の287系に置き換えられるということから所要時間云々の話題があるのですが、実際乗った印象だと振り子電車を導入するのは無駄です。

振り子電車は曲線が比較的長い区間が有利ですが、くろしお号の場合やや急な曲線がある以外に線形が左右にうねるように設定されていることと、建設年代がより古い紀伊田辺以南は線形そのものが悪いため、振り子の機能自体が威力を発揮しにくく、機能自体が無駄に使われているが故に快適性が損なわれるという本末転倒になっているのに過ぎないというのが今回の非振り子電車への置き換えへの結論の一つとも言えます。

さて、オーシャンブルーの105系と横目に。

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しばらくすると遠くに潮岬と思われる地形が見えてくると間もなく串本に到着です。

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11過ぎに串本に到着。

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ここまで乗ってきた381系。

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このあとは本州最南端の地、潮岬へ向かいます。

→次に続く。

category: 関西地方

tag: JR西日本  くろしお号  381系 
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三連休日記 2011年1月10日  

2011年1月10日(

遠征最終日である10日は長野へ移動し、過去何度か失敗した松代城への登城。
午後は上越へ移動して11月遠征で来訪できなかった高田城への登城、そのあとは大阪へ帰るという流れです。

松本市内のホテルをチェックアウトし松本駅へ。

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篠ノ井線の列車の車内で待っていると牽引用車両として使用されているクモヤ143形が入線。
滅多なことでは撮れないため撮っておきました。

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篠ノ井線は7:30発の列車に乗って長野へ移動。

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安曇平から離れてゆくと雪模様の車窓が展開されますが、これが遅れの原因になったようで10分近く遅れてしまいました。

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松代へのアクセスは長野駅から川中島バスの予定だったのですが、予定の乗り換え時間が短い設定だったため
屋代経由で長野電鉄に変更することにして篠ノ井で下車。

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篠ノ井からはしなの鉄道で屋代へ。
丁度良いタイミングで169系の湘南色編成に乗車出来たのは怪我の功名と言ったところ。

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屋代経由で松代に到着すると粉雪が舞う天候。

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ここではあまり積っていない状況だったことから松代城址めぐりは比較的楽に行えました。

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松代から川中島バスに乗って長野駅へ。
ここからは予定通りに戻ります。

長野からは189系の妙高5号に乗って信越線を高田まで。
長野市内を離れて山間部に入ると豪雪・・・。

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頚城平野に出てくると当日までの積雪とまたまた降ってきた粉雪に塗れ、高田駅から越後高田城までの道のりは厳しいものになってしまいました・・・。

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実質1時間程度の滞在時間と積雪のため城址公園内にある三階櫓だけ入って他はロクに見ないまま戻ってきてしまいました。

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直江津へ移動すると後は大阪へ帰るだけ。
直江津からはくたか16号に乗って金沢へ向かったのですが、6両と3両が各1編成しかない683系8000番台。

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金沢からのサンダーバード42号は683系4000番台。
こちらは福井駅での展示会以来で、営業運転が開始されてからは初乗車となります。

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22時過ぎに帰宅。
風が吹く本州最南端から豪雪の上越へ抜ける3日間の遠征が終わり、明日から再び仕事です・・・。

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三連休日記 2011年1月9日  

2011年1月9日(

遠征2日目である9日は名古屋を出発し飯田城址を巡ることにしました。

長野県南部に位置する飯田へ出るには高速バスが最速なのですが、飯田線を日のあるうちに乗ったことがなかったため、豊橋から飯田線で飯田入りをすることにしました。

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鉄道利用だと一番早い時間で豊橋6:00発。
これだと飯田に9時台到着なのですが、最近朝早いのはきついので、その次となると豊橋8:12発になるものの、後発の10:08発の伊那路1号が先着することから、ここの照準を合わせることにしました。

豊橋までは東海道線の新快速で移動。
6両編成で100p(座席が全て埋まり立ち客が各ドア付近に10名弱)で、京阪神地区の新快速が8両編成でも120p(座席が埋まり、各ドア付近に10名以上20名弱)前後であることを考えると都市圏のパイの大きさに違いがあるということだけは間違いなさそうです。

豊橋では313系4次車に遭遇。
ここでは大垣在籍車では初の1100番台ですが、バリアフリー対策が強化されていることから3次車とは若干仕様が異なります。

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豊橋からは伊那路1号に乗って飯田へ。

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特急としての伊那路号は頑張っているようですが、建設年代の古さや歴史的経緯による影響が大きい飯田線の線路規格自体がよろしくなく、山間部も曲線と狭小トンネルに泣かされるうえに、伊那盆地南部の河岸段丘を行く区間はこれよりノロノロ。
結論から言うと川島令三氏の振り子電車投入論は飯田線では破綻しているということです。

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飯田到着後は雪が舞う中で飯田城址巡り。
下伊那地域の要衝となっていた飯田城は廃城後、本丸が旅館と神社となり、他は官庁街と市街地化されたため、遺構が皆無に近いほど残されていないため、現状はそこに城があったことを示す石碑と飯田市立図書館の傍らに残されている赤門があるだけ。
他は一部の城門が移築されたたけなのだそうです。

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飯田では飯田城の前身となる信濃愛宕城(現地では飯坂城とも呼ばれている)へも行ってきました。
こちらは現在、愛宕神社の境内になっていました。

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飯田を離れ北上。

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伊那盆地南部の河岸段丘は思っている以上の高低差のある段丘で、飯田線もそれに沿ってゆくため急曲線と勾配の連続。
土木技術が進んだ頃に建設された高速道路とのインフラの差にはどうにもならないと言うところを思い知らされました。

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飯田線を走破した後は岡谷で乗り換えて松本入りし2日目は終了。

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松本市内のホテルにチェックインし最終日を迎えることにしました。

category: 日記

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三連休日記 2011年1月8日  

2011年1月8日(

昨年11月から遠征から遠退いていたため、2011年最初の三連休を利用して城廻と鉄道の旅をすることにしました。

今年の仕事始めの週から交代勤務で夜勤からスタートしたため、初日である8日は夜勤明けで帰宅して早々に遠征スタイルに切り替えて自宅を飛び出しました。

初日は紀伊半島をメインということで、天王寺からくろしお1号に乗車。
いよいよ来年度から置き換えが始まることが決定した日根野の381系のグリーン車を指定。

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本州最南端の駅である紀勢本線串本で下車。

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串本からは南海系の熊野交通の路線バスに乗って本州最南端の位置する潮岬へ。

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1時間と言う短時間勝負で潮岬灯台と潮岬タワーなどを巡りましたが、モバイルルーターに接続しているイーモバイルが不安定でツイキャスやUSTが出来ず・・・。

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串本へ戻りスーパーくろしお7号で新宮へ移動。

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新宮では熊野川の畔にある新宮城跡を巡ってきました。

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新宮城は紀州藩から独立した(当初は非公式だったが、明治元年に立藩)紀伊新宮藩の藩丁だった城で、現在は丹鶴公園という城址公園として整備されているのですが、整備が年月が経過したいるためか石垣が崩れている箇所が見られるなど状態が良くないようで、熊野川畔にある水の手は行くことが出来ませんでした。

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ただこのまま放置している訳ではないようで、新宮市では天守の再建などを盛り込んだ整備計画が立てられ、来訪時は公園入口がきれいに整備されていることから本格的に進むのはこれからのようです。

新宮城入りで初日の基本的な来訪予定は終わったのですが、予定よりも早く済んだため新宮から予定の1本前の列車に乗ることにしました。

予定は17時台の列車でしたが、繰上げとなったため16時前に出発する多気行きに変更。
ホームへ出向くと留置線にキヤ95系ことドクター東海がお休みしているところに遭遇し撮っておきました。

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また、和歌山へ転用されてきた105系0番台にも遭遇しこちらは車内外とも撮影し、乗車予定の多気行きがキハ11形300番台だったことからこちらも車内外とも撮っておきました。

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新宮からは多気・亀山と乗り継いで名古屋入りと言う流れで、名古屋着は22時過ぎ。

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6時間以上も延々と移動してこの日は終了し、名古屋市内のホテルにチェックインし2日目を迎えます。

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年始日記 2011年1月1日~1月3日  

2011年1月1日(

2011年元旦は定例の所用のため岡山県西部へ。

今回は出だしから乱れ、同行者は寝坊し予定が1時間遅れに、さらに車の強行横断で遮断棒が折れてJR京都線・JR神戸線はダイヤが乱れという有様。
風邪で中止になった以外はほぼ毎年行っているのですが、ここまで足並みが乱れたのは今回が初めてでした。

今年は山陰地方が大雪に見舞われて完全にマヒしているようで「やくも」は終日運休、昨日出発した下り「サンライズ出雲」は伯備線へも入線できず中庄で足止め状態になっていました。

さて、現地では比較的天候が良く順調に用事を済ませてきましたが、復路は雪に見舞われ5分遅れ。
結局何かと荒れた一日となってしまいました・・・。


2011年1月2日(

2日は終日在宅。

引きこもっている間に見逃していたUSTのアーカイブを見つつ写真の整理。

サイト用の素材をPhotoshopElementsで管理しやすくするために検索用のタグをつける作業をしていたのですが、68000もあるため中断していたのですが、時間のあるこのタイミングで片付けてしまおうと頑張って終わらせました。

下の写真はその日のおやつタイムで頂いたアーモンドケーキ。

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2011年1月3日(月)

3日は午後から撮影のためお出かけ。

この日はさくら夙川で撮影。
日没が近いため撮影者は他になく一人で撮影に勤しみました。

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撮影終了後は三宮へ向かい阪神で梅田へ。
改良工事中の阪神三宮駅は拡張のための土木工事が着々と進められていました。

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三ノ宮から移動途中。
普段見慣れない車両とすれ違ったため「もしや」と思い待っていると、ジェットカーの最新型である5550系が営業運転に入ってました。

ジェットカーでは唯一LEDの種別・行先表示なのでよく目立ちます。
早速撮影して梅田まで乗ってしまいました。

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後ほど弊サイトへ写真をアップします。

これで年末年始のお休みは終わり。
明日から仕事です。

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2011年1月1日 新年の挨拶とサイト更新情報  

明けましておめでとうございます。
今年も弊ブログ「DK-Kawachiの日記と雑学ノート」と弊サイト「DK-Report」をよろしくお願いします。

定例となる年始更新を予定通り行いました。

旧年はTwitterとUSTREAMに嵌り、遠征もままならない状態でした。
今年は人事異動で交代勤務に入ることになり、週によっては更新時間帯が夜間か午前中に偏る事が予想されますので、その点はご了承ください。

また、正月三箇日が明けた翌週末の遠征から城廻を開始する予定で進めています。

それでは改めて2011年もよろしくお願いします。

2011.1.1 DK-Kawachi@管理人

category: サイト更新情報とお知らせ

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