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三連休日記 2016年1月9日  

2016年1月9日(

2015年12月上旬に仙台市営地下鉄東西線が開業したことを受けて、2015年最初の三連休は同線の乗りつぶしと未だ未登城である会津若松城の登城も兼ねて東北遠征をすることにしました。

初日は会津若松城へ登城するべく福島県は会津若松市へ来訪。
現地へのアクセスはのぞみ204号→なすの255号を乗り継いで郡山へ移動。

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郡山からは磐越西線ではなく高速バスを利用しました。
これは郡山到着時間帯に磐越西線に乗り継ぎが出来ないことと、鉄道乗り継ぎよりも高速バスの方が本数があり、会津若松での滞在時間を考慮すると有利に働きます。

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と言ってもバスの車両自体は比較的古めが多数派のようですが、短編成で混雑する磐越西線で移動することを考えれば確実に座れるメリットというのはありがたいかもしれません。

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午後に入って現地に到着すると早々に会津若松城へ出向きます。

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会津若松城は日本城郭協会が選定した日本100名城での登録名で、現地では「鶴ヶ城」と呼ばれています。
また、この城の名称を巡る話では史跡登録の公文書は当時の文部省が所在地の地名を登録名にしたため「若松城」、さらに古い文献では「会津城」とその年代や当時の事情によってバラバラであるため、その点は現地入りする前に知ってないと右往左往します。

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会津若松城は河川の氾濫原と言う天然の要害を利用して築城された平山城で、城下町の周辺の河川を外堀とした総構えは四方2kmという規模でしたが、戊辰戦争などに代表される幕末から明治初期かけて発生した旧幕府軍と新政府軍による戦争によって建物などが損傷し、修復も考えられたものの地元の意向により解体され、遺構としては石垣だけであり、現在ある天守などの建物は復元や移築されたものとなっていますが、本丸の周取り囲む二の丸や三の丸など内堀に近接している曲輪をも含めて残されていると言う点で、ある意味運がよかったとも言えます。

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それは外周も含めて巡ることが大変ことを意味しているわけで、ここ会津若松城には福島県立博物館もあるため、ここを挟むとほぼ半日潰れることになり、終わった頃にはすっかり日が暮れてしまいました。

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この日はここで終了。

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郡山へ戻り、鞄を回収して今遠征の宿泊地である仙台へ向かいメインの2日目に備えることにします。

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category: 日記

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