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中国地方遠征日記 2010年8月15日  

2010年8月15日(

最終日である15日は呉線の瀬戸内マリンビュー号に乗車する目的で前日を広島泊まりにしたのですが、ご存じのように7月の大雨による法面崩壊で一部区間が運休している影響で当該列車も運休したため、見事に思惑が外れてしまいました。

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このため広島出発を少し繰り上げて福山城登城の後に鞆の浦を急遽組み込むことにしました。

広島から三原までは糸崎行に乗車。
18きっぷ組が多く締めているせいか満席で且つ立客まで出る状態でしたが、海田市を出たあたりから本郷まで爆睡。
115系3000番台の弾力性がある座席とは違い、反発力が少なめでホールド性が良い115系2000番台のリニューアル車のものなのでお尻が痛くなくて済みました。

データイムでは岡山・広島両支社の境界で運用が分離されているため、三原で岡山行きに乗り換えて福山へ。
相変わらず満席状態ですが先ほどとは違って立客が少なめでした。

福山に到着後は昼食を挟んでから駅北側にある福山城へ登城。

20100815_fukuyama_castle-01.jpg

「保存よりも開発を最優先」とした福山市の方針によってかなり手が入ったため物議を呼んでいる福山城跡は遺構の破壊も進んでいるそうで、実際の城門跡が分からなかったり、公園整備で冠木門風の入り口が付いていたりとなかなかの土建屋思考の破壊ぶりで、本丸だけが辛うじて保っているという状態でした。

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現在ある建造物は伏見櫓と筋鉄御門を除いて再建されたもので、天守は戦災復興のもので鉄筋コンクリート造りとなっています。

福山城を出て二ノ丸跡にある広島県歴史博物館と旧内藤家長屋門へも行ってきました。

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福山城関連の後は、その昔海上交通の要衝であり現在は漁港であり景勝地でもある鞆の浦へ。
鞆鉄バスに乗って鞆の浦を目指したのですが、思っている以上にスムーズに進んでしまいました。

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到着後は鞆の浦の市街地めぐり。
海上交通の要衝だった時代を残す建物があるなど景観上は良いのですが、江戸時代からの区画の状態であるため、市街地の道路交通は散々で、バスでのアクセスは市街地外延部の整備されたところまで行けるため大きな問題はないものの、生活道路としては使い物にならないというの現地で感じました。

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鞆の浦には2つの城跡があり、一つは円通寺が建っている場所にあった大可島城と鞆の浦歴史民俗資料館の場所にあった鞆城がありました。
今回の来訪では鞆の浦歴史民俗資料館に入館する関係で鞆城跡へ登城してきました。

20100815_tomonoura-04.jpg

この後は福山へ戻り、福山から山陽本線を乗り継いで帰阪しました。

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