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黄金週間日記 2018年4月30日  

2018年4月30日(

遠征最終日は延岡城へ登城がメイン。

ホテルをチェックアウトした後、宮崎駅西口で軽く撮影。

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撮影を済ませてから宮崎空港へ。
理由は鞄をロッカーに預けておくことと、宮崎交通とJR九州が共同で運行している県内高速バス「ひむか号」に乗るため。

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展望デッキで時間を潰した後、ひむか号に乗車。

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宮崎交通の車両は一般路線・高速路線車に限らず最新から年代物まで幅広く使用されていますが、今回乗車したときの充てられていた比較的新しい三菱ふそうの高速路線車でした。

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「ひむか号」はJR日豊線の特急「ひゅうが」「にちりん」と競合し、運行本数や所要時間ベースでは圧倒的に不利であることから、シェアーとし芳しくはないものの、比較的廉価であることを考えると鉄道線から遠い地域対宮崎・延岡を結ぶという印象を受けます。

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延岡に到着した頃には昼前だったため、昼食を挟んで延岡城へ登城してきました。

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現在の市役所の本庁舎の西側に築城されていた延岡城は城址公園として整備されていますが、平山城としては比較的高く聳え立っている印象を与え、それは香川の丸亀城への登城以来の驚きでもありました。

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歴史資料館としては内藤記念館がありましたが文化施設再整備事業により2017年閉館され、史料の一部は延岡市役所南別館に移転して展示が継続されているそうですが、来訪当日はお休みでした・・・。

延岡城への登城を済ませた後は真新しくなった延岡駅の様子を見てきました。

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延岡駅は駅前広場整備事業などにより以前の駅舎は改修リニューアルし駅舎の前に複合施設「エンクロス」が建設。

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駅に隣接していた延岡バスセンターは閉鎖し窓口などは移転、今後はバスセンターの建物を解体後、その跡地にバスのりばの整備が行われるとのことでした。

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その後はバス車両の撮影。
整備過渡期の駅前広場なので、駅正面のロータリーをぐるりとまわるバスを取れるのは今の間だけです。

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1時間ほど撮影した後、にちりん15号で宮崎空港へ。
延岡から宮崎の区間は1990年代に高速化事業によって所要時間が短縮されており、それらを遺憾なく発揮されています。

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現地での撮影などはここで終了。
宮崎空港からANA512便に搭乗して帰阪しました。

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category: 日記

tag: 宮崎交通  日本の城郭  続日本100名城  日向延岡城  JR九州  全日空 
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黄金週間日記 2018年4月29日  

2018年4月29日(

遠征2日目は志布志城跡への登城を主軸に予定。
宮崎滞在なら日南線往復という選択肢を思い出しますが、今回はバスもメインに据えているため都城のバス撮影も絡めるため、志布志入りに際しては都城からバスを利用することにしました。

と言うことで早朝の宮崎駅から「きりしま1号」で都城へ。

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イメージ的に距離が近いと思ってしまいますが、鰐塚山地を挟んで平野部にある宮崎市と霧島連山を西に控えた盆地である都城市であることから、特急でそこそこの速度もってしても50分弱掛かる距離であることを改めて認識する次第です・・・。


都城に到着後は志布志行きに乗車するまでの2時間をバスを撮影しつつ中心市街地を経由して西都城駅まで歩いてみました。

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都城市の中心市街地は都城駅では無く、西都城駅に寄った場所にありますが、両駅とも駅前自体はひっそりとしています。
駅名が中心部の位置関係に矛盾がありそうですが、これはよくある話で都城駅が先に開業し、西都城駅は路線網が拡大されるに伴い後年新設されたという歴史的経緯が生んだ産物に過ぎません。

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都城駅も西都城駅もかつては鉄道交通の要衝でもありましたが、西都城駅側は志布志線が廃止されたため鉄道駅としてはかつても面影を残したままガランとしていますが、宮崎交通の都城営業所併設の西都城バスセンターが併設されている他、いわさきグループ系の路線バスも中心市街地を経由して駅前ロータリーに乗り入れているため、今もなお大隅半島各地への交通の要衝として機能を担っています。

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都城からいわさきグループ系の鹿児島交通の路線バスに乗って志布志を目指しますが、都城駅近くに鹿児島交通のターミナル跡があり、現在も都城停留所および折り返し地点として使用されていますが、営業所が郊外へ移転したため建物自体は蛻の殻状態で閉鎖されていました。

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都城から1時間20分掛けて志布志に到着。
ところが、終点は以前の国道沿いの志布志停留所では無く、新しく整備されたJR志布志駅前のロータリーが終点・・・。

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実は志布志市によるバスターミナル整備の一環でそれまで駅周辺の3ヶ所(国道上の志布志停留所、駅南側にある三州タクシー営業所前にあるバスのりば、駅前の道路の路肩にある志布志駅前停留所)に分散されていたバスターミナルを集約させるため駅前ロータリーが整備され、今年4月15日から志布志市へ乗り入れる路線バスは全てここのロータリー内に整備された停留所に乗入れることになりました。

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志布志行きと表示されるバス路線は全て志布志駅前行きに変更され、都城から乗ってきた路線も対象となっています。

・【参考】南日本新聞の記事
https://373news.com/_news/?storyid=91896

さて、到着後は志布志城跡を巡るべく市街地を北へ歩いて行ったのですが、当日は「お釈迦祭り」の開催日であったため人混みで一杯に・・・。

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誤算はさらに続いて、肝心の志布志城は主郭部の内城以外に松尾城・高城・新城と言った近接する3つを含めた複合体が最終形態で且ついずれも深い堀切があり、内城だけでもアップダウンの激しい堀切と足元が悪い箇所があり、とても宮崎へ戻る列車には喪に合わないことから内城も3分の1を残して下山する結果となり、事実上惨敗となりました。

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詰まるところ、丸一日がかりで挑む必要があると言うことになります・・・。

志布志からは日南線に乗って宮崎へ戻ります。

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途中の油津で乗り換えが生じ、青島からはがっつりと乗ってくるため混雑すると言う目に遭いましたが、近年のインバウンドの結果なのでどうにも・・・。

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宮崎へ戻った後、日没までの1時間をバス撮影に費やします。

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当日は宮崎市内でも音楽フェスティバルが開催されていたためルートの変更が生じたようでしたが、様々な年代の車両が撮れて有意義な時間でした。

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この日はここで終了。
ホテルへ戻って明日の遠征最終日に備えます。

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黄金週間日記 2018年4月28日  

2018年4月28日(

2018年ゴールデンウィークは例年同様、3連休と4連休に別れたため、前後半制となりました。
その前半となる4月28日から4月30日を宮崎県内及び鹿児島県大隅半島北部の城趾巡りおよびバス撮影と、近年の遠征シリーズに倣って鉄道少なめの予定となります。

遠征初日はANA503便で宮崎入り。

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宮崎空港からJRではなくバスで市街地へ。

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宮崎交通のバスターミナルの一つである宮交シティで鞄を預けてから昼食と挟んだ後にバス撮影。

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撮影後は西都バスセンター行きに乗車して佐土原城跡の最寄りである交流センター停留所へ。

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佐土原城は14世紀中頃に伊東家一族の田島氏によって築城された田島城が起源で、日向国に勢力を伸ばしてきた伊東氏に追放されたあと入城した伊東祐賀が佐土原氏に改姓したことから佐土原城と称されるより、16世紀前半に焼失した後再建されて鶴松城と改称され、さらに17世紀前半に政務を麓の二の丸に再整備した時に鶴丸城の鶴の字と採って正式に鶴松城となったものの、今日に至るまで通称の佐土原城が残されたことから、日本城郭協会による続日本100名城認定に際しては通称の佐土原城が採用されています。

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明治初期に広瀬城を築城して移転させることになり破却されたため、現存建造物は残されていませんが、歴史資料館として二の丸御殿の一部が発掘調査を基に復元され「鶴松館」として土休日を中心に公開され、背後の城山も整備されて主郭部を巡ることが出来ます。

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宮交シティへ戻って、ホテルへチェックインするまでは再びバス撮影。

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1980年代の車両を撮ることが出来ましたが、大阪ではもう見ない車両なので、興味深く見てました。

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これで初日は終了。
ホテルへチェックインして2日目に備えます。

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三連休日記 2018年1月8日  

2018年1月8日(

遠征最終日は八代城跡へ登城し、午後は大阪へ帰るまでの時間を利用してバスを撮影と言う流れです。

熊本交通センターのコインロッカーにキャリーカートを預けて熊本駅へ。
いよいよ全面高架化される予定で、現在の白川口の駅舎も見納めに・・・。

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八代からは九州産交バスに乗るのですが、八代駅では駅舎建替え工事が着手されるため以前は駅舎よりにあったバスのりばが、広場を挟んで向かい側にあるホテル前に暫定移転されていました。

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バスに乗って八代城跡の最寄りとなる八代宮前へ。

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八代城跡は廃城した明治以降に殆どが改変されてしまい、八代宮の境内となった本丸跡の石垣が比較的良い状態で残されているほか、北ノ丸跡の一部は中期以降の城主だった松井家を祀る松井神社として残されているだけとなっています。

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また現在、八代城跡と称されいたものは3箇所ありますが、それぞれが異なる時代に存在し、一つ目は南北朝時代から戦国時代まで存在した古麓城(ふるふもとじょう)、2つ目は安土桃山時代から江戸時代まで存在した麦島城(むぎしまじょう)、そして大地震で倒壊した麦島城に代って松江町に築城されて現在は八代宮の境内となっていて現在の八代城跡として指定されているもので、これら3つの城跡は「八代城跡群」として国の史跡として指定されています。

熊本へ戻って昼食を挟んでから、熊本交通センターでバスの撮影。
撮影の最中、それまで止んでいた雨が降り始め、傘を差しながらの撮影となってしまいました。

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15時半頃から雨足が強くなったため撮影を切り上げ。
キャリーカートを回収して熊本空港へ移動し、出発までの間に早めの夕食。

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夕食を終えて搭乗口へ出向くと、乗る予定のANA528便が遅れているとのこと。
結局、20分遅れで出発することになりましたが、今後の遠征では飛行機路を利用する機会が増えるので、マージンは余分に取っておくことが必要になりそうです。

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これで1月の三連休は終り。
現実に引き戻されていきます。

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三連休日記 2018年1月7日  

2018年1月7日(

遠征2日目は菊池十八外城の一つで日本城郭協会から続日本100名城に認定された鞠智城跡の登城、午後からは熊本電鉄の撮影と熊本市内のバス車両の撮影に勤しむことにしました。

朝は新ターミナル建設で仮設状態である熊本交通センターから熊電バス・北1系統の菊池温泉行きに乗り、菊池プラザへ。
この北1系統は藤崎宮前から御代志までのほとんどの区間を熊本電鉄の鉄道線に併走する形となりますが、御代志から菊池までの区間はかつて鉄道線が通っていた区間だったそうで、しかもバス路線自体は熊本駅まで結んでいることから競合と言うよりも補完関係に近いとも言えます。

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菊池プラザはかつての鉄道線の終点で建物自体は廃止された当時のものだそうです。

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駅前は熊電バスと九州産交バスの鉄道代替路線が乗り入れていますが、九州産交バスは鉄道代替路線を除く路線が交差点を挟んで斜向かいにある旧営業所前の菊池産交停留所から発着しています。

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ここから九州産交バスの遊蛇口・来民中町経由・山鹿温泉行きに乗車し一寸榎まで移動します。
一寸榎から鞠智城跡までは徒歩で1kmほど歩いた先にあります。

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史跡公園として復元・整備された鞠智城跡は想像していたよりも広範囲に整備されていたのですが、バスのダイヤの関係で現地滞在が1時間10分しか確保できず全部まわるのは無理。
結局、主郭部のところだけ見るだけで終わってしまったことから、あと2回来訪するか昼を挟んでほぼ一日仕事でないとダメのようです。

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菊池へ戻って昼食を挟んでから、御代志へ。

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熊本市内へ直接戻らず御代志なのは熊電の車両を撮影するため。

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ちょうど元東京メトロの01系が折り返し待ちだったことから、存分に撮影してきました。

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熊本市内へ戻って夕方までは熊本交通センターでバス車両の撮影。
路線によって一巡どころか二巡してしまいましたが、満足のいく成果は得ました。

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2日目はこれで終了。
ホテルへ戻って3日目に備えます。

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黄金週間日記 2016年5月1日  

2016年5月1日(

GW前半遠征最終日は湯築城の再登城から。

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湯築城は一度登城しているのですが、当時は松山城を登城してからの来訪だったため、時間切れで資料館には入れず、今回再度登城した次第です。

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湯築城を再登城した後は道後温泉本館へ。

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相変わらず人が多いので入りませんが、裏側を見てきました。

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昼からは郡中港へ。
9年ぶりに乗車した伊予鉄の郊外電車は京王から譲渡された3000系がお出迎え。

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郡中港に隣接して整備された五色浜公園にある旧郡中港灯台(萬安港灯台)へ。
もとは近くの場所に木造で建設されたのですが、後に防波堤の改修により石造りに改築され、1912年に現在の場所に移されたそうです。

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松山市内へ戻り、郊外電車の編成写真の撮影。
まずは余戸で撮影を始めたのですが、やってくる列車は3000系が圧倒し、600系は数えるだけと言う・・・。

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市内電車と交差する古町へ。

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ここでも3000系が圧倒していましたが、比較的新しい610系を2本とも捉えることができました。

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駅に隣接する古町車庫にはオレンジ一色に塗装された700系がいたのですが、時間切れで捉えることができず撤収となりました。

松山駅で鞄を回収して、しおかぜ30号に乗って岡山へ。

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こちらも所定は8600系のはずだったのですが、繁忙期の輸送力確保のために8000系に差し替えられていました。
結局、今遠征で8600系に乗れたのは高松~多度津のいしづち23号だけに終わりました。

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岡山からさくら752号に乗り換えて帰阪。

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たった一日夜勤をするという現実に引き戻されに帰宅しました。

category: 日記

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黄金週間日記 2016年4月30日  

2016年4月30日(

遠征2日目は数年ぶりに宇和島へ来訪しました。

その宇和島へ行く前に、伊予市駅前で撮影。

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目的は市内電車とバス車両ですが、伊予鉄グループでは市内電車と路線バスのオレンジ一色塗装に変更されるとのことで、現行と新塗装の過渡期にあるこの時期は貴重と言えます。

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伊予鉄の市内電車も古いですが、路線バスも負けておらず、結構古いメーカーのロゴを出した車両がリムジンバスに充てられていると思ったら割と新しい車両が入っていたりして退屈しませんでしたが、もう少し機材を整えてから撮りたいものです。

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伊予市から宇和島自動車の宇和島・松山線に乗車。
城辺・宇和島~松山線は特急および急行の種別がある一般路線バスに分類されますが、伊予市~大洲市および西予市までは松山道を経由するため高速バス車両が充てられています。

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圧倒的早さがあるJR特急に対し、松山市の中心部と大洲・卯之町・宇和島を格安で直接結ぶことをアピールしていることや、予讃線の末端部はローカル列車の本数が少ないこともあって利用は概ね良好と言ったところ。

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1時間50分ほどで宇和島に到着。
前回来訪したときは曇っていましたが、今回は天候も良い感じ。

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昼食を挟んで午後からは宇和島城へ登城。

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前回は予土線へ乗り継ぎ待ちの間に来訪したため天守のみでしたが、今回はじっくりと回れるので本丸および天守以外も巡ってきました。
一部の曲輪が修復工事のため入れないところがありましたが・・・。

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宇和島市立伊達博物館へ。
こちらは江戸時代から宇和島藩を治めていた宇和島伊達家が所蔵していた史料や宇和島に関する文化遺産が展示されています。

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伊達博物館から1分ほど歩いて天赦園へ。
2代藩主の伊達宗利が海を埋め立てて造成した浜御殿の一部を7代目藩主の伊達宗紀が築庭したものです。

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天赦園から市街地の反対側(北側)に位置する歴史資料館へ。
この洋風の建物はその昔、宇和島警察署として宇和島広小路に建設されたもので、戦災を免れた後、西海町役場として移築されました。
その後、新庁舎建設に際して現在の場所に再移築されて現在に至ります。

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歴史資料館の向かい側には樺崎砲台跡があり、黒船を迎え撃つために構築された砲台の一部が保存されています。

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宇和島での活動はここまでとし、帰りは宇和海22号を利用しましたが、それに充てられていたのは2000系の試作編成+量産車1両の4両編成だったことをここで記しておきます。

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松山へ戻って遠征2日目は終了です。

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黄金週間日記 2016年4月28日~4月29日  

2019年4月28日(木)

2016年のゴールデンウィークは事業者によっては10連休になるところもありますが、世の中そうでないところも当然あるわけで、私の場合は暦通りに基づいた職場カレンダーにより3-3-2の飛び石連休になってしまいました。

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2015年は5連休の中3日を使って人生初の沖縄遠征へ行ってきましたが、今年は日勤と夜勤が跨がることと宿泊先の確保と予算の関係から前半の3連休と中盤の3連休にそれぞれ遠征をすることにし、前半となる4月29日から5月1日は愛媛をメインに日程を組むことにしました。

四国遠征の時はGW初日の混雑を避けるため、前日入りをすることを前提としています。
今回は職場の予定の都合から前日となるこの日はのぞみ131号で岡山入りして一泊、翌朝に四国入りをすることにしました。

予定通りのぞみ131号に乗って岡山を目指すところでしたが、急病人発生によって姫路で思わぬ足止めを喰らことに・・・。
急病人の件は車掌と同乗していた医師による救護活動によって事なきを得たものの、これによって14分の遅れとなり、西明石で追い抜いたこだま773号に追いつかれるという珍事に見舞われてしまいます。

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どうも今回は前途多難な遠征になりそうです。



2016年4月29日(

岡山で迎えた遠征当日は、マリンライナー11号で高松へ移動します。
この日は城廻と琴電をメインに据えて最終目的地を宿泊地である松山という予定にしたのと、8600系を狙うため高松で鞄を預けて軽装で現地を飛び回ることにしていたのです。

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ところが、到着した高松では当日からサミット開催によるセキュリティー強化のためコインロッカーが使えなくなると言う事態に遭い、ここから予定が狂ってしまいます。

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この日の城廻に関しては川之江城のみでしたので琴電関連の予定を放棄すれば何とやりくりできますが、問題は鞄をどうするかです。
川之江城の最寄りの川之江駅自体が決して大きな駅ではなく、コインロッカーがなさそうな予感がしていたのと、大きな鞄を抱えながら徒歩で移動するのは過去の経験からあまりやりたくないため、川之江へ向かう途中に停車する列車が比較的多い駅でコインロッカーがありそうな坂出へ出向けば何とかなりそうと考えて引き返すことに・・・。

その前に高松駅での撮影。

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ここで8600系の車内写真を撮影することに成功。
2両編成の方ですが・・・。

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引き返した先の坂出で鞄を預けてようやく身軽になったところでいざ川之江を目指します。

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途中の多度津で観音寺行きを待つ間に編成写真の撮影。

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なかなか撮影できないJR四国の編成写真を撮りまくりました。

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やって来た観音寺行きは本数が少ない6000系。

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観音寺に到着後は2時間後の岡山行きとして折り返すため降車扱い後、消灯して閉ざされてしまい、車内写真は撮れず編成写真は撮れたと言う結果に終わりました。

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観音寺乗り換えで川之江へ。

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川之江は隣の伊予三島と同じく製紙業の街であることから、特急の停車駅であるものの、駅舎はパン屋が同居した小さなもので、案の定コインロッカーはありませんでした・・・。

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川之江駅から徒歩圏内にある川之江城は伊予・讃岐・土佐・阿波への交通の要衝で当地ある鷲尾山に築城されたお城で、江戸時代初期に廃城されています。

そのため、現在ある天守などは旧川之江市制30周年記念事業の一環として再建されたもので、史実に基づいたものではなく模擬天守なのだそうです。

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川之江から多度津乗り換えで琴平へ。

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目的は121系未更新車の車内写真撮影でしたが、たまたま乗ったのが岡山の115で、しかも坂出へ戻って鞄を回収することも考えると30分ほどしか粘れずやむなく撤退・・・。

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鞄を回収して高松へ。
今日あちこちで改札を出たり短時間で再入場と忙しいのですが、それだけ今回は細部まで練り込んでなかったとも言えます・・・。

高松から多度津までは8600系で。
2両編成の最後尾が8号車だったのですが、ここで早く気づきべきでした。

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多度津に到着して乗り換えたしおかぜ23号は8600系7両編成ではなく8000系8両編成・・・。
後で調べると今回のGW期間中のしおかぜ23号は繁忙期の輸送力の関係で最大で7両編成である8600系ではなく8両編成の8000系を充てないとのことで、これは迂闊でした。

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定刻通り松山に到着し、遠征初日はここで終了。
松山から市電に乗り換えてホテルへ向かいました。

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三連休日記 2016年1月9日  

2016年1月9日(

2015年12月上旬に仙台市営地下鉄東西線が開業したことを受けて、2015年最初の三連休は同線の乗りつぶしと未だ未登城である会津若松城の登城も兼ねて東北遠征をすることにしました。

初日は会津若松城へ登城するべく福島県は会津若松市へ来訪。
現地へのアクセスはのぞみ204号→なすの255号を乗り継いで郡山へ移動。

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郡山からは磐越西線ではなく高速バスを利用しました。
これは郡山到着時間帯に磐越西線に乗り継ぎが出来ないことと、鉄道乗り継ぎよりも高速バスの方が本数があり、会津若松での滞在時間を考慮すると有利に働きます。

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と言ってもバスの車両自体は比較的古めが多数派のようですが、短編成で混雑する磐越西線で移動することを考えれば確実に座れるメリットというのはありがたいかもしれません。

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午後に入って現地に到着すると早々に会津若松城へ出向きます。

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会津若松城は日本城郭協会が選定した日本100名城での登録名で、現地では「鶴ヶ城」と呼ばれています。
また、この城の名称を巡る話では史跡登録の公文書は当時の文部省が所在地の地名を登録名にしたため「若松城」、さらに古い文献では「会津城」とその年代や当時の事情によってバラバラであるため、その点は現地入りする前に知ってないと右往左往します。

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会津若松城は河川の氾濫原と言う天然の要害を利用して築城された平山城で、城下町の周辺の河川を外堀とした総構えは四方2kmという規模でしたが、戊辰戦争などに代表される幕末から明治初期かけて発生した旧幕府軍と新政府軍による戦争によって建物などが損傷し、修復も考えられたものの地元の意向により解体され、遺構としては石垣だけであり、現在ある天守などの建物は復元や移築されたものとなっていますが、本丸の周取り囲む二の丸や三の丸など内堀に近接している曲輪をも含めて残されていると言う点で、ある意味運がよかったとも言えます。

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それは外周も含めて巡ることが大変ことを意味しているわけで、ここ会津若松城には福島県立博物館もあるため、ここを挟むとほぼ半日潰れることになり、終わった頃にはすっかり日が暮れてしまいました。

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この日はここで終了。

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郡山へ戻り、鞄を回収して今遠征の宿泊地である仙台へ向かいメインの2日目に備えることにします。

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週末日記 2015年5月30日~5月31日  

2015年5月30日(

5月30日は鉄道工事見聞。
まずはリニューアルおよび耐震補強工事が進められている大阪環状線森ノ宮駅の見聞。

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駅の改札階コンコースと外観のリニューアル工事がほぼ終わりました。

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改札階コンコース。

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リニューアル工事がほぼ終わったことで、城見エリアも開放されました。

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城見アエリアから見る大阪城の天守。
やや苦しいか・・・。

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京橋駅ではインフォエーションボード一体形の駅名標の整備が着手されました。

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2015年5月31日(

5月最後のお休みは修復工事が完了した姫路城へ来訪しました。

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天守内はデジカメを所持する以前の20年近く前に入って以来で、前回は修復工事で入れなかったため、ここで撮るのは今回が初めて。

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天守最上階から撮影した写真。
北側だけ撮れませんでしたが・・・。

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最後に姫路城天守を撮影。
やはり修復して間がないので白いですね。

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