DK-Kawachiの日記と雑学ノート ホーム »筑前岩屋城
このページの記事一覧

2011年5月4日 筑肥の城を巡る旅30 四王寺山から下山する  

さて、大野城巡りも終わりましたので、次の目的地を目指して下山するだけです。
林道を下っていき、岩屋城跡の本丸と馬攻めの中間点にある自然歩道との交点から脇道の自然歩道に入ります。

20110504_ohno_castle-111.jpg

ここから本丸跡までは岩屋城の土塁があった場所とされています。

20110504_ohno_castle-112.jpg

本丸跡からの山道との分岐点に出てきます。
本丸跡へ行く際に通ってますが、写真で言うと右側が林道・二の丸跡・大宰府政庁跡への道、奥の方へ登るのが本丸跡への道。

20110504_ohno_castle-113.jpg

林道を横断してさらに二の丸跡へ下りていきます。

20110504_ohno_castle-114.jpg

岩屋城二の丸跡へ戻ってきました。
手前の分岐は岩屋谷への道、少し奥にあるのが大宰府政庁跡への道、最も奥にあるのが岩屋城の城主・高橋紹運の墓。

20110504_ohno_castle-115.jpg

ここから太宰府政庁跡に向けて一気に下りていきます。

20110504_ohno_castle-116.jpg
20110504_ohno_castle-117.jpg

二の丸跡から下りること約10分で整備された道に到達。
傍らにある案内板によると、ここは太宰府市の市民の森だそうです。

20110504_ohno_castle-118.jpg

どの道も同じ場所に出てきそうですが、東側の方へ歩いて行きます。

20110504_ohno_castle-119.jpg

写真で言うとこちら。
歩いて程なく南側に向きが変わります。

20110504_ohno_castle-120.jpg

そのまま歩道を歩いて行くと。

20110504_ohno_castle-121.jpg

トイレが設置されている広場に出てきます。

20110504_ohno_castle-122.jpg

公衆トイレの方を左手に進むと寺院跡へ出るそうですが、大宰府政庁跡には出られないようなので右側へ進みます。

20110504_ohno_castle-123.jpg

しばらく進むと池が見えてきます。

20110504_ohno_castle-124.jpg

歩道は池に沿い始めます。

20110504_ohno_castle-125.jpg

園内地図によると安之浦池と称されています。

20110504_ohno_castle-126.jpg

歩道をそのまま進むと池の南側に出てきます。
ここは一般車の立ち入りが禁じられているようで仕切られています。

20110504_ohno_castle-127.jpg

池の南に沿って進むと住宅地の端に出てきます。
どうやらここが市民の森の出入口のようで近くに駐車場もあります。

20110504_ohno_castle-129.jpg

ここから住宅地の中を南へ歩いて行きます。

20110504_ohno_castle-128.jpg

程なく大宰府政庁跡に出てきました。
ここは政庁跡の北東側に当たります。

20110504_ohno_castle-130.jpg

下山終了。
ここからは筑前国分寺跡や大宰府政庁の防衛ラインとして機能した水城跡などを見てきます。

→次に続く。
スポンサーサイト

category: 九州・沖縄地方遠征

tag: 日本の城郭  筑前岩屋城  太宰府市民の森  大宰府政庁 
tb: 0   cm: 0

2011年5月4日 筑肥の城を巡る旅23 筑前岩屋城  

大宰府政庁跡からの登山道との合流地点周辺は岩屋城跡で写真の登り口が本丸跡となります。

岩屋城は宝満城の支城として築城されたのもで、1586年に豊臣秀吉の九州来襲を阻もう筑前一帯を平定し九州制覇を画策しようした島津氏が5万の軍勢を率いて攻め込み、城主である高橋紹運が600で迎え撃った岩屋城の戦いで知られています。

20110504_iawaya_castle-03.jpg

現在は四王寺林道を挟んで上段に本丸、下段に二の丸が残されています。
まずは本丸跡へ。

20110504_iawaya_castle-04.jpg

本丸への道は九州自然歩道の一部でご覧の通りの登山道です・・・。

20110504_iawaya_castle-05.jpg

案内に従って。

20110504_iawaya_castle-06.jpg

細い道を登っていくと。

20110504_iawaya_castle-07.jpg

岩屋城本丸跡に到着。

20110504_iawaya_castle-08.jpg
20110504_iawaya_castle-09.jpg

本丸跡に建てられた石碑。

20110504_iawaya_castle-01.jpg

本丸跡から大宰府政庁跡を眺める。

20110504_iawaya_castle-10.jpg

同じく太宰府天満宮側。

20110504_iawaya_castle-11.jpg

四王寺山の一角を成す岩屋山山頂。

20110504_iawaya_castle-12.jpg
20110504_iawaya_castle-13.jpg

山頂から本丸跡を見る。

20110504_iawaya_castle-02.jpg

下に見えるのは二の丸跡。

20110504_iawaya_castle-14.jpg

と言うことで下りていきます。

20110504_iawaya_castle-15.jpg

登山道と林道との位置関係。
左手奥が岩屋城本丸跡と大野城跡・県民の森センター、右手が二の丸跡と大宰府政庁跡へ通じる。

20110504_iawaya_castle-16.jpg

右手の道を下りていきます。

20110504_iawaya_castle-17.jpg

下りた先で広い場所に出てくる所が岩屋城二の丸跡。
この場所には岩屋城の戦いにおいて最終的に自害した城主・高橋紹運の墓があります。

城自体は落城しましたが、高橋紹運の活躍により島津氏の側も3000人とも言われる死傷者を出したため体勢を立て直しに手間取り、その結果として豊臣秀吉に九州上陸を許すことになったそうです。

20110504_iawaya_castle-18.jpg

二の丸跡から見る本丸跡。
右上方に見えるのが本丸跡。

20110504_iawaya_castle-19.jpg

再び林道へ戻って登ります。

20110504_iawaya_castle-20.jpg

先ほどの九州自然歩道の分岐点はこの場所で合流します。

20110504_ohno_castle-19.jpg

この少し先に再び分岐点があり、その先に岩屋城の馬攻めという曲輪があります。

20110504_ohno_castle-20.jpg

林道を右手に見ながら分岐点から登り。

20110504_ohno_castle-21.jpg

しばらくすると岩屋城馬攻め跡に到着。

20110504_ohno_castle-22.jpg

馬攻めとは馬の訓練の場と言う意味で、いわゆる馬場の事を指します。
岩屋城の馬場は土手に囲まれた場所にあるのですが、その土手とは大野城の土塁跡を活用したものだそうです。

20110504_ohno_castle-23.jpg
20110504_ohno_castle-24.jpg
20110504_ohno_castle-25.jpg

大野城跡を目指すため、岩屋城跡を離れてさらに上へ登ります。

→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

tag: 日本の城趾  筑前岩屋城 
tb: 0   cm: 0

2011年5月4日 筑肥の城を巡る旅22 浦ノ城跡と四王寺山へ  

さて、太宰府天満宮を訪れた後は大野城跡がある四王寺山を登っていきます。

現在は福岡県立四王寺県民の森として遊歩道などが整備されていて、同県民の森センターへは大宰府また宇美の双方から自動車で来園することが出来ます。

今回は大宰府側から登ることにしました。

20110504_ohno_castle-08.jpg

太宰府駅前から北へ延びる道をまっすぐ進んだ突き当たりに「県民の森」へ通じる登り口があります。
写真だと中腹にあるホテルへの看板が目立っているため分かりにくいですが・・・。

20110504_ohno_castle-09.jpg

標識に従い登り口から西へ向かって登ります。
しばらくするとY字の分岐にたどり着きます。

左手は県民の森センターへ、右手は浦ノ城跡へ通じるとされています。

20110504_ohno_castle-06.jpg

折角なので行ってみることにしました。

20110504_ohno_castle-10.jpg

道なりに進むとしばらくは住宅街の中を歩いて行くことになりますが、突き当たりの角に公園があり、園内に浦ノ城跡の石碑がありました。

浦ノ城は筑前国の守護である少弍氏の居城だったそうですが、城の構えの詳細は不明であるものの、周辺地域の宅地造成による1969年に行われた発掘調査で御笠川と山の斜面を活用した天然の要害であったことが判明しています。

20110504_urano_castle-01.jpg

現在はその場所に浦ノ城公園という小さな公園にその名を残しているだけです。

20110504_urano_castle-02.jpg

再び四王寺山を目指します。
写真は原八坊跡で、原山無量寺というお寺があった場所だそうです。

20110504_ohno_castle-11.jpg
20110504_ohno_castle-12.jpg

このまましばらくは住宅街の中を登っていきます。

20110504_ohno_castle-13.jpg

大願寺というお寺を過ぎると周囲は住宅街から山林へを変わっていきます。

20110504_ohno_castle-14.jpg
20110504_ohno_castle-15.jpg

各所にはこのような監視カメラがありますが、この辺りが不法投棄の絶えない場所であることを言ってるようなものです。

20110504_ohno_castle-16.jpg

やがて県民の森へ入ります。
20110504_ohno_castle-07.jpg

くねくねと曲がる道をひたすら登り・・・。

20110504_ohno_castle-17.jpg

登り口から登ること約1時間経過した辺りで、大宰府政庁跡からの登山道との合流点が見えてきましたが、そこから別の登り口が見えてきました。

20110504_ohno_castle-18.jpg

それが岩屋城本丸跡へ通じる道らしく、後ほど登ることになります。

→次に続く。

category: 九州・沖縄地方遠征

tag: 日本100名城  筑前大野城  日本の城趾  筑前浦ノ城  筑前岩屋城 
tb: 0   cm: 0

黄金週間日記 2011年5月4日  

2011年5月4日(

後半遠征2日目は史実として残されている城郭としては国内最古である大野城と関連する大宰府政庁跡と防衛の要である水城大堤跡を巡ってきました。

大野城址へ行く前に大宰府政庁へ向かうため、西鉄に乗って都府楼前へ。
西鉄はここ何年か遠退いていたため、久しぶりの乗車。

20110504_nishitetsu_5000-01.jpg
20110504_tofuro_mae-01.jpg

都府楼前から大野城を有した四王寺山の麓にある大宰府政庁跡へ歩いて移動。

大宰府は西海道9国と隠岐・対馬・大隈諸島(当時は多禰)を所轄するし外交・防衛と担う地方行政機関が置かれていた場所です。

20110504_dazaifu-01.jpg


現在は中心部である政庁の礎石が復元・整備されている状態で、隣接する大宰府展示館に展示されている模型から推定されるのは建造物が宮城の多賀城や奈良の平城京のようなものが建てられていたようです。

20110504_dazaifu-02.jpg
20110504_dazaifu-03.jpg

大宰府政庁跡からバスに乗って太宰府天満宮へ。
大野城に登城する前に昼食もかねて寄り道をしてきました。

20110504_dazaifu_temmangu-01.jpg
20110504_dazaifu_temmangu-02.jpg

午後からは大野城へ登城。
四王寺山の山頂を中心に史跡がある大野城へは九州自然歩道などいくつかルートがあるのですが、往路は太宰府天満宮の近くから林道を延々と登る事にしました。

20110504_ohno_castle-06.jpg
20110504_ohno_castle-07.jpg

四王寺山の中腹には室町時代から戦国時代に掛けて存在した岩屋城へも寄って来ました。

20110504_iawaya_castle-01.jpg
20110504_iawaya_castle-02.jpg

登山口から上ること1時間以上掛かって福岡県立四王寺山県民の森の中核施設である県民の森センターにようやくたどり着き、配布されているパンフレットを手に巡り始めたのは14時前。

20110504_ohno_castle-01.jpg

大城山を主峰に4つの山で構成される四王子山は四王寺地区の集落が山で囲まれるような地形となっていて、大野城はその地形を生かして山頂を中心とする山腹に大規模な土塁を、その内側に主要部を配したものとし、延々と構築した土塁は全長8kmという大規模なもので、結局のところ主要なところのみに絞ってしかなく日没までの数時間ではとても回りきれるものではありませんでした。

20110504_ohno_castle-02.jpg
20110504_ohno_castle-05.jpg
20110504_ohno_castle-04.jpg
20110504_ohno_castle-03.jpg

下山後は筑前国分寺跡や水城跡を巡る事に。
水城跡は平野部の防衛として構築されたもので、実際は全長数kmの大規模なもので、現在残されているものでも一部は途切れてしまっていますが、それでも非常に長大な遺構が残されています。

20110504_mizuki-01.jpg
20110504_mizuki-02.jpg

下大利へ移動して再び西鉄に乗って久留米へ。
ここで夕食タイム。

20110504_shimotari-01.jpg
20110504_nishitetsu_kurume-01.jpg
20110504_diner-01.jpg

JRの久留米駅へ移動して鹿児島本線に乗ってこの日は終了。
ホテルに戻って最終日を迎えます。

20110504_jr_kurume-01.jpg

category: 日記

tag: 日本の旧跡  大宰府政庁  水城  日本の城郭  筑前岩屋城  日本100名城  筑前大野城  西日本鉄道  JR九州  太宰府天満宮 
tb: 0   cm: 0

プロフィール

サイト更新情報Twitter

DK-KawachiのTwitter

カレンダー

最近の記事

Facebook

フォト蔵

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

OSAKAあかるクラブ

▲ Pagetop