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2011年10月9日 若狭・越前の観光地を巡る旅11 越前大野城・その3  

越前大野城巡りの続き。

天守台西側に隣接するのは塩硝蔵跡。

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工事の立看板がある辺りが長屋門跡。

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長屋門跡から城趾北側へ下りていきます。

この奥にある休憩所がある辺りに麻木櫓があったとされています。
麻木櫓は越前大野城の城山に立つ櫓の中では唯一2階建ての櫓だったそうです。

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さらに下へ下りていきます。

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遊具施設の脇を抜けて・・・。

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金龍院。

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金森長近像がある曲輪の下まで戻ってきて。

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百間坂経由で二の丸の方へ下りていきます。
ここは本丸城門があったとされています。

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本丸城門跡を挟んで反対側から。

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整備工事中の園路をしばらく進みます。
当日は工事休みであるため通行が出来るとのこと。

柵が途切れたところに急な階段が現れます。

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ここから下りる道が百間坂だそうなので、ショートカットする意味でも下りていきます。

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延々と下りて行くと左手にグラウンドが見えてきます。

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南登り口から来る道との合流地点で左の階段を下りて行きます。

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正面に広がるのは学びの里「めいりん」とそのグラウンド。
これらは二の丸と三の丸があった場所で、大まかにグラウンド側が二の丸、建物がある辺りが三の丸という感じです。

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グラウンドを左に見ながら下りて行きます。

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出てきたところは柳廼社がある場所。

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さっき下りてきた園路の出入口側から。

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寛斎先生の碑。
ここで言う寛斎とは大野藩の藩士・内山隆佐の号で、1853年に大野藩の軍師に任じられ、後に大野藩の蝦夷地総督となった人物である。

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越前大野城巡りはここで終り。
この後は旧城下町を巡っていきます。

→次に続く。
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category: 北陸地方遠征

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2011年10月9日 若狭・越前の観光地を巡る旅10 越前大野城・その2  

越前大野城巡りの続き。

急な階段を上って。

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本丸跡へ。

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武家屋敷門。
これは当地へ移築されたもの。

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武具櫓跡。

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武家屋敷門から天守を見る。

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天守台石垣。

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武者登り。

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本丸北側。

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金森長近像。
織田信長の命により越前一向一揆を平定したことによる恩賞として、信長から越前国大野郡の内の3万石を与えられ、領地内にある亀山に越前大野城を築城したのが金森長近であります。

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越前大野城の天守。
天守自体は存在していましたが、火災で焼失しています。

写真の天守は推定で再建されたもので、史実に基づかないとも言われています。

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写真左上が塩硝蔵跡。
主に火薬類が保管されていたそうで、落雷や火災によす爆発を防ぐため厳重に管理されていたのだそうです。

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では中へ。

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観覧券。
基本的には大野郡に関連した歴史と資料などが展示されています。

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最上階へ。

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最上階の展望室からの眺め。
順に東西南北で提示しています。

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→次に続く。

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2011年10月9日 若狭・越前の観光地を巡る旅9 越前大野城・その1  

それでは越前大野城へ向かいます。

越前大野城は亀山の山頂を中心に築城された平山城で、山の名称から亀山城とも呼ばれていころから、城址公園として整備後は亀山公園と称されています。

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麓側・三の丸跡にある学びの里「めいりん」
百間堀に沿って建てられている建物には小学校も入っている。

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裁判所前のと学びの里「めいりん」との間にあるお堀通りを西へ向かいます。

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その先に柳廼社の鳥居があり、そのまま境内へと進みます。
ここは二の丸跡となります。

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大野市民俗資料館。

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柳廼社。

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来訪当時は改修工事で一部通行止めになっている箇所がある模様なのですが、山頂へ上ってから休日は工事休み通行出来るようである事を知りました。

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南登り口の城門。

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西側の方へ。

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西登り口。

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こちらも工事が施工されているようで、告知の立看板には園路整備工事となっていました。

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階段状からの眺め。

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まだ登ります。

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南登り口からの園路と合流します。

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土井利忠像。
大野藩7代目藩主であり、財政が逼迫した幕末の大野藩において藩政を立て直し、北蝦夷地開拓から樺太開拓を目指したほどの名君として知られています。

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本丸を目指します。

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堀切を渡ると左手に石垣が見えてきます。

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そこを登ると遊具が置かれています。

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その先にある階段を上ると本丸にたどり着きます。

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→次に続く。

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2011年10月9日 若狭・越前の観光地を巡る旅8 越前の小京都「大野」へ  

2日目を迎えました。

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2日目となる9日は午前中を越前大野城と旧城下町巡りをし、午後からは一乗谷の朝倉氏館と関連の史跡群を見た後で一乗滝を見た福井市内へ戻るという行程になりました。

まずは越前大野城を目指すべく福井駅前から京福バス大野線に乗り込みます。

福井駅から越前大野を目指すには越美北線か京福バス大野線の2つの選択肢がありますが、前者は8時台には無く9時台まで待たされます。
しかしこれでは越前大野入りした場合における実質滞在時間が少なくなることから、毎時1本ある後者を利用すれば1時間のバッファが出来ることから消去法的に京福バス大野線へと選択肢が絞られました。

福井駅前から発着するバスは西口と東口のいずれか存在しますが、一般路線バスは基本的に西口から徒歩圏の中央大通り上から発着しています。
今回の京福バス大野線も西口から発着しています。

大野線の系統番号は55。
福井駅西口を出発すると中央大通りを西へ進み、大名町交差点からフェニックス通りを南へ進みます。

併用軌道を走る福鉄を横目に幸橋の手前で福井県道5号線に入り東へ進みます。

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県道5号線をしばらく進み西方交差点で県道5号線はここまでとなり、ここからは国道158号線なると済生会病院へ経由するため一旦国道を外れて病院の玄関前にある停留所を経由して再び国道へ戻ります。
この辺りから市街地が途切れて田園風景が広がります。

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前波停留所を過ぎた辺りから足羽川に沿って進み、宿布町の集落入口付近で158号線バイパスの三万谷奈良瀬バイパスを分かれて旧道を越美北線と足羽川と共にくねくねと進みます。

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両白山地の山間部を抜けて大野盆地へ入るとり大野市郊外にある坂戸に入ると越美北線を離れて田園地帯を東へ進みます。
やがて市街地へ入ってくると南側に越前大野城の城山が出迎えてくれます。

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城山を後方に見送ると水落町交差点から南へ向きを変えて中心市街地へ入っていきます。
大野六間で降車。

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ちょっと行き過ぎたようで、来た道を少し歩いて戻ります。

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大野商工会議所と総合案内所

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藩主隠居所を復元した無料休憩所。

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物販店などが入っている結楽座。

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まちなか観光拠点施設「平成大野屋」
洋館1棟と倉2棟が一つの施設として扱われている。

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そろそろ越前大野城を目指します。

→次に続く

category: 北陸地方遠征

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三連休日記 2011年10月9日  

2011年10月9日(

遠征2日目となる9日は午前中を越前大野城と旧城下町巡りをし、午後からは一乗谷の朝倉氏館と関連の史跡群を見た後で一乗滝を見た福井市内へ戻るという行程になりました。

午前中の越前大野城へは福井駅前から京福バスで大野入り。
越美北線だと9時台までないため現地入りすると実質の滞在時間が1時間少なくなることから、毎時1本あるバスを利用すれば1時間のバッファが出来ることから必然的にそうなりました。

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越前大野城は大野市の亀山の山頂を本丸とし、現地では亀山城とも呼ばれています。
平山城なのですが、以前登城した丸亀城並に高い場所にあるため、麓から天守が見える場所から見ると「高い場所にあるな~」という印象を受けます。

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天守自体は明治初期の廃城で破却されたため、現在ある天守は1968年に鉄筋コンクリート造りで建てられた復興天守です。

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越前大野城への登城が住むと麓にある武家屋敷や御清水を見てきました。

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午後は越前大野から越美北線に乗って一乗谷へ。

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旧国鉄色と同じタラコ色の塗装変更されたキハ120形200番台は奇妙に写ります・・・。

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一乗谷で下車して駅近くにある福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館へ来館。

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ここには一乗谷朝倉氏遺跡に関する資料や復元模型が展示されている他にレンタサイクルもあることから、ここで自転車を借りて史跡群を見て回ることにしました。

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一乗谷の史跡群は一乗谷川に沿って点在する形となっていますが、基本的には朝倉氏館跡を中心として城下町が形成されていたため、中核部に規模の大きい史跡が集まっている形です。

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旧城下町の部分は原寸大の復原町並は史跡としては異例で、国内では初だそうです。

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史跡を巡った跡は上流にある一乗滝を目指し、自転車を奥へ進めました。
自転車自体は変速機構付きですが、さすがに傾斜がきつくなるとヒーヒー言いながら登っていきました・・・汗。

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ようやくたどり着いた一乗滝を見た後は資料館まで一気に下っていきました。
ひたすら登りである往路と違って復路は15分ほどで資料館へ戻ってきたのは言うまでもありません。

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資料館へ自転車を返却した後は時間的にタイミングが合わなかった越美北線ではなく、京福バスで福井駅前へ戻りました。

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このままホテルへ入るのは勿体なかったので、北陸本線を福井から武生へ足伸ばし。

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521系の2次車以降はATS-Pを搭載していないため運転席には湖西線乗り入れ禁止のラベルが貼られていましたが、これは1次車のみATS-Pが装備されているためで編成番号も運用も分かれているようです。

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武生からは福井鉄道で福井市内へ。
最近駅名が改称されたようで、以前の武生新駅から越前武生駅となっていました。

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ここで乗車したのは元名鉄の770形。

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これに乗って福井市内へ移動しこの日は終了しました。

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category: 日記

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