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2009年9月19日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅7 設楽原決戦場・その2  

設楽原歴史資料館に到着しました。

ここでは長篠設楽原の戦い前後に関する資料が展示されていますが、特に長篠城から新城城へ代わって以降に関するものが中心となっています。

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資料館を跡にして古戦場巡りと進めます。
時間の都合上、主な場所に絞りましたが・・・。

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まずは馬防柵。
この戦いにおいて用いられる馬防柵は織田信長軍が用いたものですが、一見無防備なものの印象を受けますが、実際には鉄砲隊を多重に敷いて、武田勝頼軍の騎馬隊を撃退する事に成功したとされています。

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続いて徳川家康本陣跡。
現在は八剱神社が建っています。

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徳川家康本陣跡を裏山に控えた東郷中学校の東側にある古戦場碑。

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決戦の場であった場所。

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この間、あるものに遭遇したのですが、それは後ほど触れます。
設楽原古戦場を後にして三河東郷駅に戻ってきます。

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ここから豊橋行きに乗車。
313系の1次車で東海道本線系統の増結用2両編成である300番台。

当日は写真の1編成が豊橋口で運用されていました。

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この後名古屋で鞄を回収して岐阜を目指します。

→次に続く。
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category: 東海地方遠征

tag: 長篠設楽原の戦い  設楽原古戦場 
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2009年9月19日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅6 設楽原決戦場・その1  

長篠の古戦場の次は決戦の場となった設楽原へ向かいます。

長篠城駅はかつて2面2線であったと書きましたが、その証明として撮っておきます。
現状は軌道が撤去されてホームだけが残されています。

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設楽原古戦場に位置する設楽原歴史資料館の最寄り駅である三河東郷へは、313系1700番台で移動。
この列車は上諏訪から来る列車で前回の佐久間レールパーク遠征の復路で乗っていますが、元は115系が充てられていた運用を313系1700番台に置換えられたのかと思われます。

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三河東郷に到着。

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ここからは設楽原古戦場を巡っていきます。

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三河東郷駅の様子。

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まずは設楽原歴史資料館へ向かいます。

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豊橋方の踏切を渡ると、そのまま真っ直ぐ北へ進みます。

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駅付近は道幅が狭く車同士の対向が難しい感じとなっています。

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しばらくして工事中新城バイパスとの交差点と近接している橋梁から道幅が広くなります。
ここから資料館の途中には写真のようなものが法面に作られています。

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右手に駐車場が見えて来るとすぐ背後に資料館への坂道があります。

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坂道を登った先に設楽原歴史資料館があります。

→次に続く。

category: 東海地方遠征

tag: JR東海  飯田線  長篠設楽原の戦い  設楽原古戦場 
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2009年9月19日 東海地方の城郭と鉄道を巡る旅5 長篠古戦場  

長篠城の次は古戦場巡りです。

長篠設楽原の戦いにおいて織田信長・徳川家康の援軍が来るまで武田勝頼軍と対峙した場所で、西側には武田軍の本陣があったとされています。

長篠城西方へ進むと大きな飲食店があり、その角を北東へと進みます。

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T字路から少し入ったところに神社があります。

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傾斜のきつい石段を登って行くと、天神山陣所に到着。
ここは武田軍の陣跡で、後年は三河の守護だった一色氏縁の神社が移設されています。
この神社には長篠茌柄大自在天神が祀られていることから、後に天神山と言う名称の由来となっているようです。

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神社から東へ歩いて数分の場所に医王寺があります。
この寺院の裏山に武田勝頼の本陣跡があります。

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寺院の東側にある登り口から登ること約6分で到着。

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本陣は櫓が置かれていた本曲輪と東西両側に東曲輪・西曲輪があったとされています。

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来訪当時は櫓が安全上の理由により立入禁止になっていたため、上がることが出来ませんでした。

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櫓からは長篠・設楽原が一望出来るのですが、上れないためこの程度の写真が限度でした・・・。

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本曲輪の西側にある西曲輪。
写真で見る限りでは狭く感じますが、実際はこれで十分だったらしいです。

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長篠の古戦場の方はこれで打ち切り。

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長篠城駅へ戻って次の目的である設楽原決戦場跡へ進むことにしました。

→次に続く。

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