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2009年8月13日 東北地方の名城と鉄道を巡る旅12 米沢城・その2  

さて、米沢城本丸跡へ足を進めます。

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伝国の杜と同じく二ノ丸跡にある松岬神社は上杉神社の境外摂社で、上杉神社が別格官幣社に列せられた際、米沢藩中興の名君として知られる上杉鷹山を米沢城二の丸世子御殿跡に設けられた設けた摂社であるこの神社に遷されています。
この神社には後年、上杉景勝と上杉鷹山の家老も合祀されています。

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米沢城本丸跡に入ります。
米沢城本丸は上杉神社の敷地となっていますが、実際はここと二ノ丸も含めた松ヶ崎公園として整備されています。

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現在残されている堀は内堀のみ残されていて、正面参道は舞鶴橋が架けられています。

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舞鶴橋を通り左側にある本丸南東隅には招魂碑と上杉謙信祠堂(御堂)址があります。

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招魂碑は、戊辰戦争で戦死した米沢藩士と西南戦争での戦死者を祀るために建てられたもので、後に日清戦争・日露戦争の戦死者も合祀されています。

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上杉謙信祠堂(御堂)は謙信の甲冑を着けた遺体を安置していた場所で、明治維新以降の廃城後は歴代藩主が眠る上杉家御廟所に移されています。

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参道にある上杉鷹山公像。
上杉鷹山(藩主時代は上杉治憲)は3代目藩主死去後の雪だるま式に増加し破綻寸前だった米沢藩の財政を建て直した名君でした。
財政の立て直しは藩主時代は頓挫してしまったが、隠居後に進めた「寛三の改革」で財政支出半減と産業振興を図った結果、財政再建を実現したそうです。

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こちらは北東隅御三階櫓跡にある上杉茂憲の顕彰碑。
米沢藩の13代目藩主である上杉茂憲は明治維新後の版籍奉還により米沢藩知事となり、廃藩置県後は東京へ移住し、1881年から1883年まで現在で言う知事に当たる県令(県の長官~茂憲は2代目)を務めています。

20090813_uesugi_shrine-11.jpg

お次は上杉神社にある稽照殿に入ります。

→次に続く。
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category: 東北地方遠征

tag: 日本の城郭  米沢城 
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